日々変わりゆく社会で「自分」というものを意識していくこと
こんにちは、まるこです♪今日もブログに足を運んでくださってありがとうございます。今日も一生懸命書いていきますのでよろしくお願いします!多様化する社会って、最近よく耳にしませんか?私は耳にするものの、あまり自分とリンクして考えたことがありませんでした。最近ようやくちょっとじっくり考えてみようと思って、「多様化」と「自分らしく生きる」の関係性について色々と考えたことがあるので、この機会に少しずつ書いてみようかなと思います。正解とかは、ないと思っているので、みなさんも一緒に考えてくれるとまるこ、超絶嬉しいです。多様化ってなに?国語の辞書には多様化とは 多くの様式や種類に分かれること。 「価値観が-する」 様式・傾向が、さまざまに分かれること。「考え方が多様化している」 と定義されています。わたしたちは、世界中の人やモノ、お金や企業がつながっている社会の中で生きていて違う言葉で表現するならば、選択を迫られる機会がとても多いと思います。もっと他の視点から言うと、たくさんの選択肢の中から自分が正しいと思うものを選ぶ権利があります。コンビニに行けば、大量の種類のアイスから何を食べようか選びコーヒー屋さんにいったら、なんのコーヒーを何サイズで買おうか選びスーパーにいったら、大量のビールの種類の中から何を今日は買おうと選び進学前は、どの道に進もうか、どの大学に行こうか選び部屋の模様替えをするときは、どこに何を置くか選び言い始めたらキリがありませんね。当たり前のように聞こえるかもしれないのですが、私自身は意識的にこのことを考えたことが今まであまりありませんでした。自分が好きなことを好きなようにやってきたとは思うのですが、その過程の中で、他の人の人生を会話の中やインターネットを通じてのぞき見しながら、無意識に比較して、落ち込んだりしたことが何度もありました。(はい、いまもあります)こんな人と比べる自分が嫌だなぁと感覚的に思ってはいたのですが、なかなかそこから抜け出せなくて、苦しかった時期も何回もあります。でも、今考えてみると、おそらく私はこのことを意識していなかったのだと思います。何か選ぶということは、それ以外のものを選ばない、ということ。私には選ばないという選択肢も並行してあるということ。このことを意識しだしてから、私の中で何かが変わった気がしました。自分の中で大切な選択の機会が与えられたとき、いくつもの選択肢のなかから、なぜそれを選んで、なぜ他のものを選ばないかも、同時に考えるようになりました。その瞬間、自分の中で「自由」と「責任」が生まれました。もちろん、選んで後悔したことなんて何回もありますよ。hahaha でも、それも含めて、自分が自分の意志で選んで、そして選ばなかったことなので、なんだか納得して、軌道修正したりできるようになったんです。自由・権利・責任は、存在する社会によっても変わってくると思います。祖母と話すと、男性と結婚前に同棲するなんて、その当時はありえなかったと言います。戦後は食べるものがなかったから、手に入るものをとにかく栄養にして食べていたといいます。女性は家で家事をして、子どもを守るのが良しだとされてきました。「当たり前」は時代によって変わっていきます。今は、家事・子育て・仕事を両立できる人は素晴らしい人間像だとされます。でもそれを実現できる社会の制度は確立途中だという現実です。本当は働きたいけど、働ける環境が整っていないのも現実です。自分の意志で選べないこともたくさんあります。同時に、選択肢が増えたからこそ、悩ましいこともあります。社会の素晴らしいと思う人間像は、それ以外を求める人を心理的に圧迫することもあります。働いていない女性、自分の意志で専業主婦をしている女性が、ネガティブにとらえられることもあります。専業主夫という選択肢は、まだ社会の中で当たり前にはなっていません。選択肢の数や、選べる自由が拡大していくなかで、自分で選択したいことが社会の「当たり前」と異なるものだったとき、私たちは、自尊心と向き合わなければいかなくなると思います。自分を理解し、選ぶ・選ばないの決断をすること。自分を理解し、世の中の当たり前と向き合い立ち向かう覚悟を持つこと。このブログを始めたきっかけのひとつが、このテーマを扱っていきたかったからです。なんだか評論家みたいになってきたのでもう今日はこの辺にしておきますね汗みなさんは、この件にかんしてどう思いますか?もしよかったら少し考えていただけると嬉しいです♪反対意見も、読んでの感想コメントも大歓迎です♪それでは。まるこ にほんブログ村 にほんブログ村 人気ブログランキングへ