まるこです。このブログにお越しくださってありがとうございます♪今日も一生懸命書かせていただきます。
前回の続きです。前回のブログでは「ありのままの自分を好きになろう!」の違和感や、そうおもうことのタイミングなどを書きました。無理に好きになろうとせずに、そういうときは「時間をかせぐ」ことも大切なときもあるんじゃないかな、と。そう書いている理由は2つあります。
ひとつは、思いつめて自分を責めすぎることを防ぐため。「自分なんかこの世にいても仕方ない」というところまで追い詰めないためです。そしてふたつめは、何も変化してないような毎日でも、あなた自身の感情・考え・価値観、周りの状況、社会のシステムは変化しつづけているから。だからこそ、時間をおいて考えてみると、違うアプローチ方法も思いつくこともあるからです。
私自身がそのことに気づいたのは、大切な友人の一言があったからです。中学からの友人のももちゃんは、私が何か大きな決断をするとき、いつも私にこういいます。「変わることを恐れないでいいんだからね。」・・・なぜいつもそう言ってくれるんだろう、とあまり意味を深く知ろうとしていませんでした。
むしろ、心の中では「私はどんな状況に置かれても変わらないし、いつだっていつものまるこでいるべきだ」と思っていました。小中高の同級生に会う時「やっぱりまるこは相変わらず、変わってないねぇ」と言われることが心地よかったですし、他の子が「あの子なんか変わったよね・・・」というコメントに対して、何となくいいイメージを持っていなかったのも事実です。
でも、私は変わりました。価値観も、好きなものも、嫌いなものも。社会の見方も、友達との付き合い方も。以前なら絶対考えないようなアイディアが思いついたり、友達の付き合い方も全く違います。昔は考えもしなかったタイプの子と仲良くなることもありますし、昔はあんなに仲が良かったけど今は全く連絡もとらなかった子もいます。そのとき初めて、ももちゃんに言われたことを考えだしました。「ももちゃんが伝えたかったことって、こういうことだったのかも。。」と。
ももちゃんは多分、「変わることは良くないこと」と思い込んでいる私に気づいて、この言葉をかけ続けてくれていたのだと思います。「まるこは変わってないねぇ」と周りに言われることで、そして「私は昔のまるこのままだ」と思う事で安心感を得ようとしていた私に気づきを与えてくれようとしていたのだと思います。
そういうことで安心感を得ようとしていたから、実際は年を重ねてくなかで、どんどん価値観が変わっている自分を無視していました。気づいてても、「違う、私の正義はこれなんだから、この考えは間違ってると思う」と、跳ねのけていたこともありました。
自分が信じていたもの・正しいもの・正しくないものに執着せず、自分の中や周りの変化に気づいていったら、違う景色が見えるかもしれない。だから、「時間をかせぐ」ときに、自分の中にある思い込みってもしかしてあるかも?って一旦立ち止まって考えてみると、違う景色が見えるときもあるのかなと思いこの記事を書きました。
世界のどこかで同じ境遇にいるあなたの、少しでも役に立てますように。
まるこ
