新潟からたくさんのお総菜などを送ってきてくれました

本当に本当に助かります。
今やっと双子育児がひとりでもできるようになってきましたが、
それでも双子育児+りく+家事をひとりでこなすのは時間が足りません。。
お風呂入れと食器洗いを4階のみなさん、さとみさんが手伝ったくださり、本当に感謝の気持ちでいっぱいです
今の自分の生活は、

20時半にりくなるねねとともに就寝

2時頃起床
洗濯、台所回り、風呂掃除をする

5時にりくなるねね起床
という感じです。
りくなるねねが起きてくる前に家事を終わらせないと、家事が全然進まないし、イライラもしてきます。
なのでこの生活リズムが自分には合っているようです。
でも、料理をする時間がなかなかとれず、でも母乳を出さなければならないので食べなければいけません。
なので、こうして母が送ってきてくれるのは、本当に助かります。
りくちゃんにも手作りの栄養のあるものを食べさせてあげたいと思っています。
早く自分ひとりでこなせるようにならなければと思っているのですが、、
我が家はえい父は将棋をするから家のことはできません。頼めません。
私は働いていないから、家事をするのは当然のことだということはわかっています。
でも、双子育児は想像を超えた大変さでした。
そして、約半年寝たきり生活を送っていたため、退院後は走ることさえできなくなっていました。
この状態で双子育児と家事を私だけですることが難しいから、母が手伝ってくれていました。
私のためもあるし、えい父が将棋に集中できるようにということでもあります。
そして、なによりも、りくなるねねが無事に育つために…
母に頼り切っていたので、3/31に母が新潟に帰り、あの日は本当に途方にくれていました。
でも、もうやるしかないと思って、必死でした。
今は4階のみなさんが助けてくれたりして、なんとかできるようになってきました。
でも、できるようになったのは、なるねねが4ヶ月となり、首がすわっておんぶができるようになり、ひとりでも同時ギャン泣きに対応できるようになったからです。
なるねねがうまれて4ヶ月間、長い間母に甘えていたかもしれませんが、でも本当に無理でした。
なるねねを抱っこしてあげたくても、手が足りないから一人を泣かせてしまいます。
物理的に、手が足りなかったのです。
だから母に抱っこをしてもらいました。
24時間、赤子と私と一緒にいてくれる人が必要でした。
私が無理を言って、母に長くいてもらいました。
私の甘えだったのかもしれませんが。
去年の今頃は、つわりで寝たきりでした。
赤ちゃんが無事に育っているかもわからなくて、不安な毎日でした。
大出血して、入院して、ずっと寝たきり。
入院中はお風呂も入れず、毎日出血におびえ、ただ祈るだけ。
赤ちゃんいなくなりませんようにって。
この不安な気持ちをベッドでただひとりで過ごしました。
りくのことも心配でしたが、ずっと4階のみなさんがみてくださり、
りくの遊び相手をするのは本当に疲れると思うのですが、すごく感謝しています。
それでも毎日通ってきてくれた母がいたから、気持ちも落ち着きました。
そして母が私のお世話をしてくれたから、なるねねは34週までお腹にいてくれたんだと思っています。
もし母がいなければ、もっと早くでてきてしまっていたかもしれない。
なので、今すくすく育っているなるねねを見るだけで、胸がいっぱいになります。
本当に、うまれてきてくれてありがとう。
一緒に妊娠期間を戦ってくれた母になるねねの成長をいっぱいみてもらいたいです。
でも、東京にはもうあまり来れないから…
だから、早く新潟に帰りたいです。
まだ、自分の気持ちの整理がつきません。