ごきげんよう.
れいこです。
昨日、仕事ですごくもやっとすることがあって。
帰ってから夫に愚痴ったら、開口一番言われたんです。
しょーもな
えっ💦
そうでなくても、テンションが下がっている私にとって、
その言葉は、気持ちをぎゅーっと固くして。
一瞬で私の心の扉を閉じて、鍵をかけてバリケードを作ってしまうくらいの力がありました。
が、かろうじて、
なんで?
という一言はを発せられました。
なにがしょーもないの?
私はしょーもないと思っていないんだけど、
という意味を含んで。
今までの私は、こういわれたら、
黙って、私がダメなんだ、
こんなことで愚痴ったらいけないんだ、と、
自分の感情を否定して罰していたような気がします。
だけど、アサーティブトレーニングの賜物なのでしょうね。
心を閉じてしまう前に、自分の気持ちを、まっすぐ伝えよう。
それが、自分にも、相手にも、誠実で率直である、ということだから。
と一瞬思って反応できたのだと思う。
夫は言いました。
私が私の仕事をきちんとしたんやったら、
周りがどうしようが関係ないやんか、
と。
確かに言うとおりなんだけど。
そっか、と、そのことに関しては心が軽くもなったのだけど、
どこか気持ちがスッキリしない。
何だかすごく嫌な気分なんだけど、と伝えると、
事象に対して「しょーもな」って言っただけで、
そこに引っ掛かっている私がしょーもないなんて言ってへんやんか。
と夫は少しイラッとしていました。
うーん。
おっしゃることはごもっともです。
だけどね、それがしょーもないことだったとしても、
当時の私は、何で?と腹が立って、どうせ、と無力感でいっぱいで、
そんな状態の私は、その言葉を、
私のど真ん中で受け止めてしまったんですよ。
ぐさっと。
やっぱり私は、しょーもないヤツなんだ。
だから、あんなに腹が立つことがあって、腹を立ててしまって、
夫からもしょーもなって言われるんだ。
って。
言葉のエネルギーって、人に影響すると思います。
そして、その人自身のエネルギーに影響されるような気がします。
突き刺さしたつもりはないけれども、
相手の状態によっては、相手を傷つけていくこともある。
それが、全くの不可抗力であっても。
だからって、何も伝えない、というのも違うかも。
やっぱり、人は、関わり合うこと…エネルギー摩擦によって、
いろいろな影響を受けあえるのだろうから。
発するときも、受け取るときも、恐れず、自分を明け渡す。
感じた痛み、温かさは、自分のどこからきているんだろう?
と、一瞬感じてみる。考えてみる。
怒りや悲しみの裏側、喜びや楽しみの裏側にも、もしかしたら、
別の感情があるのかもしれない。
私の場合は「私自身を、受け止めてほしかった」って。
自分に、それができていなかったから、なおさら。
―っていうことは、やっぱり自分をご機嫌さんにしておいた方が
「攻撃」(と思い込んでいるもの)は受けにくいのかもしれません。
まずは、自分を抱きしめてあげよう。
そう思った朝でした。