1997年、東京・神泉駅近くのアパートで東京電力に勤務する女性が殺害される事件や14歳の少年が近所の子供を殺害するというショッキングな事件が起こっていた。そんな中、相変わらず僕は、真面目に恋愛が出来ない症候群に悩まされていた。
数年前、前妻に一方的に別れを告げられ離婚。原因は、彼女に好きな男ができたことだった。男の正体は詳しく詮索しなかったが、将来、映画監督を嘱望されている人物だった。なんだか得体の知れない脱力感に見舞われ、底無し沼へと転落していった。「もう俺の人生はこれで終わり・・・」と思っていた。以来、異性に対して真剣に真面目に恋愛が出来なくなっていた。仕事仲間の同僚から女性を紹介されたり、少しばかり出会いはあったけど一度も本気になれなかった。「恋愛には、”恋愛エネルギー”というものが存在して、俺はもう全て使い果たした。だから金輪際真面目な恋愛が出来ない」と、今思えば馬鹿馬鹿しいことだが当時は真剣にそう思っていた。まあそれくらい1度目の離婚が辛くて暗いものだったと言うことだろう。ある日、同僚からの紹介で、20代半ばの女性と映画を観に行った。確か「クライングゲーム」という映画だった。ストーリーは、はっきり覚えていないが、アイルランドのIRAに誘拐された黒人と白人、男二人の物語だった。幽閉された二人、黒人の男はこんなことを言う。「もし俺が死んだら、ある女性に会いに行って、君のことを愛していたと伝えてほしい」と。続けて男は言う。「サソリとカエルの話を知っているか?川を渡ろうとしているサソリの前に、カエルが現れた。サソリはカエルに君の背中に僕を乗っけて、対岸まで行ってくれないか?するとカエルは慌てて、そんな事をしたら君は僕を刺すだろう。サソリは少し怒った調子で反論する。もし僕が君を刺したら僕も死ぬことになるからそんなことする訳ないだろう。カエルは納得して、背中にサソリを乗せて対岸まで泳ぎ始めた。川の途中まできたところで、カエルは背中に痛みを感じ刺された事を知った。サソリと共に沈みながらカエルは叫んだ!なぜだ?するとサソリは言った。『分かっているけど辞められない、それが俺の性(さが)なんだ』誰も運命が逃れることはできない」黒人が放ったこのセリフが妙に頭にこぶりつき忘れられなかった。そして黒人の男は戦死して、もう一人の男は、黒人男性の最愛の女性に会いに行く。そこで衝撃的なラストが待っていた。観終わって感動の渦に包まれた。彼女も満足げだった。普通ならここから二人で食事にでも誘って、映画談義で盛り上がるところだが、映画館の前で別れてしましまった。相手にも失礼なことだったろう。しかし当時の僕は、そんな当たり前のことが出来なかった。
下北沢の外れに、女性が一人で営業しているバーがあった。店主の名前は、確かベラだったと思う。結構いい女でイケイケな感じだった。当時、日本テレビの人気番組に出演していた⚫️岩石も常連という噂もあったが、店で会ったことはなかった。一方的に、ベラに好意を寄せていた僕は、映画に誘った。いつもそうだが、デートの鉄板は大体映画館だった。彼女と観に行く映画は、中山美穂主演の「東京日和」だった。
映画「東京日和」’97年公開
監督:竹中直人
出演:中山美穂 竹中直人ほか
この作品は、ミポリンが主役を演じた「ラブレター」から2年後に完成した映画だった。ストーリーは、アラーキーこと写真家の荒木経惟とその妻、陽子の暮らしぶりを描いた作品である。「ラブレター」で見せた演技とは違い、ミポリンの新たな側面が開花して、さらにファンになっていった。世田谷線や福岡・柳川などとにかく情景描写が優れていて、そこにミポリンの姿がマッチしていた。物語の後半、二人は、福岡柳川へと旅行に出かける。旅の中で二人は改めて固い絆で結ばれていることに気付く。柳川名物の川下りの船に乗り、陽子の姿を写真に収める。その表情が儚く輝いていた。
しかし、物語のラスト、陽子は突然この世を去る。台所に立つアラーキー、そこで陽子が書いた落書きを見て号泣する。その姿にもらい泣きしてしまい、そっと隣の女性を見るとケロッとしていた。ミポリンの演技といい、竹中演出が冴え渡った素晴らしい作品だった。なんだか無性に酒が飲みたくなって、二人で下北沢に行った。以前とは違って、少し恋愛に対しリハビリしてきたのかも知れない。本多劇場がある東通りを二人で歩きながら、その頃よく通っていたジャンプ亭に入ることにした。店内は芝居関係のポスターでびっしり埋め尽くされていて、芝居関係者の客が多い。とにかく全ての料理が安くて、味もまあまあだ。酒が運ばれてきて、僕らは乾杯した。映画を観終わっての感動が湧いてきて、一方的に話し始めたが、彼女はなんとなく上の空だった。
そんな中、下北沢の外れにあるラグタイムという店でアルバイトをしているシローちゃんがやってきた。シローちゃんは、浅野忠信が無名の時から知っていて、自主制作の作品なんかにも出演してもらっていたらしい。「東京日和」にも浅野忠信が出ていて、浅野の話で盛り上がった。それから数時間しこたま酒を飲んでグデングデンになった。何が原因が覚えていないが、些細なことでシロウちゃんと口喧嘩になった。ベラが止めに入ったが、収まらずエスカレートしていった。最初は口喧嘩だったが、ついに殴り合いの喧嘩に発展していった。店員がやってきて、「外でやってくれ」と言われ追い出された。そのまま外に出て喧嘩の続きが始まったが、通行人に止められ、シローちゃんは、捨て台詞を吐いて帰っていった。それを見ていたベラも愛想を尽かし、帰ると言い出した。「ごめん、お願い帰らないで」と懇願したがベラは帰って行った。まったく馬鹿馬鹿しい話だ。せっかくの彼女との時間を台無しにしてしまった。彼女と会ったのはこれが最後だった。
翌日、シローちゃんから電話があり、彼から謝罪してきて一件落着となった。
あっという間に師走になり急速に寒くなっていた。「ああ、今年も真剣な恋ができなかった」と諦めムードだった。以前から懇意にしている制作会社の社長が、忘年会をラグタイムで開くので、参加してくれと言われ行くことにした。そこに、バドガールの衣装を着たちえちゃん、その隣には、ちえちゃんの友人の女性がいた。軽く挨拶をして、3人で飲み始めた。ちえちゃんの友人は、春に、熊大を卒業したばかりの23歳だった。彼女は、叔父さんを頼りに上京したらしい。同じ九州出身ということで盛り上がり、週末二人で会う約束をした。どうも僕は、九州の女性に縁がある。
週末、シモキタで再会して、二人で表参道のイルミネーションを見に行った。クリスマスソングが響き渡る原宿駅から表参道までの直線には、眩いイルミネーションがキラキラと光り輝き、行き交う恋人たちが見とれて、笑顔が溢れていた。「こんな景色見たの初めて」と彼女も笑顔で喜んでいた。そっと肩を寄せ合い写真を撮った。それから僕らは付き合い始め、一緒に暮らし始めた。「自分にもまだ人を愛せるエネルギーが残っていた。人を愛すエネルギーは無限大だ。人は何度でも人を愛する事ができる」という事を知った。再び僕の恋愛エネルギーは満タンになった。今思えば当たり前のことだが、その時の自分は不治の病から寛解したくらい嬉しかった。「なんだこんな単純なことだったのか・・・バカだな俺って・・・」1回目の離婚から、4年9ヶ月の歳月が流れていた。僕を真人間にしてくれた彼女には感謝している。「ありがとう、またいつか会いたい」


