昨日、テレビ東京で放送された尾崎豊20thメモリアル「風の少年」を見た。
尾崎豊という男を描くには、あまりに放送時間の短く、中途半端なものだった。
主演を演じた成宮寛貴も、まあまあ良い芝居していたんだが、大人になった尾崎が、
何故破滅的な生き方へ進んでいったのか??
そこの部分をもっと描いて欲しかった。
僕は、尾崎豊と同世代である。
1985年上京したとき、既に彼は、「十代のカリスマ」になっていた。
田舎者の自分は、彼の存在さえ知らなかった。
バブルの入口といわれる1985年、その年あたりから尾崎の人気は急上昇していく。
同級生たちの間では、尾崎の歌や存在についてよく語られていた。
僕はどちらかというと、まったく関心が無かった。
どこか尾崎の歌う熱っぽい歌い方が気に入らなかった。
そして運命の1992年を迎える。
この年僕は、離婚話からはじまる。
妻との離婚協議の中、もがき苦しみ、友人宅を泊まり歩く生活をしていた。
僕の生活も荒みきっていた。
冷め切った夫婦生活を終えようとしていたとき、尾崎の訃報が流れた。
1992年4月25日早朝・・・
僕は横浜の友人の家にいて、その訃報を耳にするが、それほど関心も無かった。
友人は、熱狂的なファンだったので、大変落ち込んでいた。
その後、護国寺で葬儀が営まれたが、行かなかった。
26歳の死・・・
僕もそのとき26歳・・・同じ年のカリスマが亡くなって、少しだけ複雑な気持ちになった。
いま思えば、26歳なんて、まだまだ人生を知らないガキである。
それでも尾崎は、短い人生を真っ直ぐに生きた。
尾崎が亡くなってから一年後の1993年春、結局僕は一度目の離婚をした。
その頃、「I LOVE YOU」が流行っていたと思う。
その頃の僕は、初めての離婚を経験したばかりで、耳の痛い歌でもあった。
亡くなったあとから、少しずつ尾崎に興味を持つようになり、
彼の歌や生き様に、シンパシーを感じるようになった。
どこまでもまっすぐな歌詞。
僕がよく思うのは、尾崎がもしいまの時代に生きていたら、どんな40代になり、どんな生き方を
していただろうか?
大人になれば自由になれる・・・そんな風に思っていたか分からないが、もしそうだとして、
尾崎は大人になったとき、皮肉にも大人の自分を一番恐れたのかもしれない。
天国にいる尾崎豊に言ってあげたい、40代も悪くないよ・・・と。
年齢を重ねていくと、人の好みというのは変化していくものだ。
矢沢永吉や尾崎豊を好きになったのは、40歳を越えてからだし、
不思議なものだ。
