昨日は、この方とお酒を飲んだ!
なんと、映画監督の井筒和幸氏!
いま話題の沢尻エリカが出演した「パッチギ!」の監督である。
「どやねん」と、いきなり一言!
面白い方である。
春吉にある「にし川」というお店の個室を用意したけど、
「そのへんの焼き鳥屋で、ええのに」と一言。
日本映画界や外国映画、政治や沢尻エリカのことまで
話が盛り上がった。
カメラに向かってピースをするようなイメージではないんだが・・・
シメは、やっぱりトンコツラーメン!
まもなく発売される、監督自身が執筆した本を頂いた。
タイトルのガキ以上とは、監督のデビュー作「ガキ帝国」のこと。
愚連隊とは、「岸和田愚連隊」のこと。
つまり、‘81年に制作された「ガキ帝国」から
‘95年に制作された「岸和田愚連隊」
までのことを中心に描いた内容であるそうだ。
実は、僕と監督は、21年振りの再会である。
1989年、バブル絶頂期の時代、世は空前のセルビデオブーム。
セルビデオとは、販売用の女性モデルを起用したイメージビデオ。
この年の5月、僕がまだ23歳のとき、
井筒監督とハワイのビッグアイランドに撮影に行った。
モデルは、当時、アサヒビールかサッポロビールの
キャンペーンギャル・田島 都。
後に、田島は、俳優の村上弘明氏の妻となる。
自分にとっても初の海外!さらに、井筒監督と初仕事!
自ずと心が踊った!
とにかく、現場での監督のこだわり様は半端じゃなく、
素人っぽいモデルに対しても妥協しなかった。
モデルの持っている力を最大限引き出してあげる
技を持っていた。
テレビのイメージでは、井筒監督=恐い
といったイメージがあるが、実は緻密なことを考える理論派である。
その時、監督は、「東方見聞録」という映画の準備中でもあった。
ハワイに行ったのは、映画のためのロケハンも兼ねていた。
「この滝ええなぁ・・・」
滝は、この映画の大事なロケーションであった。
「今度この映画を撮るんや」と、絵コンテを見せてもらった。
監督の意気込みは凄かった。
ハワイに一週間滞在して、帰国後、編集や仕上げで約1ヶ月間
井筒監督と仕事をした。
その後、監督は、本格的に「東方見聞録」の制作に入っていくが、
この映画の撮影中に不幸が起こる。
スタントマンが滝壺に落ちて亡くなるという事故が発生する。
皮肉なもので、監督が一番こだわっていた滝で事故が起きた。
結局この映画は、公開されなかった。
井筒監督もこの事件を機に、映画を撮れなくなり、
「井筒の時代は終わった」なんてことを言う人たちもいた。
しかし監督は、めげなかった。
その後、‘96年に「岸和田少年愚連隊」で
再び監督として復活を遂げる。
そんな、しぶとさが監督の凄いところである。
男は、したたかでなきゃいけない。
思えば事故から5年の月日が流れていた。
考えてみれば、ハワイロケが終わったあたりから、
井筒監督の人生も大きく揺れ動くことになる。
滝を見ながら、子供の様に目を輝かせ、8ミリカメラを
回していたことを、昨日のように憶えている。
本当に映画を愛する男なのだ。
監督とは、わずか1ヶ月の付き合いだったが、忘れられない人である。
それほど強烈な監督だった!ということであろう。
あれから21年・・・月日が経つのは早いものだ。







