「そのままの君が好きだよ」と、わたしは何度もそう言ったのに、やっぱりきみはきょうも変わり果てた姿でわたしの前に現れるんだね。
いまにも弾けそうなきみはどこへいったの?あの水々しさをどこへやったの?水も滴るいいやつだったのに。いびつで、溌剌としたあの姿はもう見れないの?誰にも真似できない、ふぞろいなきみが好きだったのに。
アップルパイ、いちごジャム、ドライフルーツ、フルーツキャンディー、、そんな姿は見たくないんだよ。
このまえ食べたメロン味の飴、きみはほんとうにそこにいたの?きみってあんな変な味だったっけな。
果汁5%のオレンジジュース、95%をオレンジ以外のものが占めているのに、きみの名前を名乗っている変なやつがいたんだ。きみの甘さは、あんな纏わり付くような、そんなじゃなくて、もっと透き通っているのにね。
お母さんが朝食に食べてたトーストに塗られたいちごジャム、きみはまるでパンの腰巾着で、少し悲しくなったよ。きみは本来、パンなんかいなくたって、立派に独り立ちしていたのに。親指と人差し指に抓まれて、たまに練乳なんかをかけられてはいたけれど、それでも誰かの口に運ばれるまで、きみはきみのままで、最後まできみらしかったよ。
少し言いすぎたね、ごめんよ。
でも、ただ、わたしが、くだものを、なにかに加工するだけで、きらいになってしまうことが悲しいんだよ。
くだものはなんにも悪くないのに、わたしはアップルパイも、いちごジャムも、メロン味の飴も、スイカバーも、ぜんぜん好きになれないんだよ。
でも、いちごはきらいだけど、いちごジャムは好きなひとや、おいしいりんごを、さらに手間暇をかけてアップルパイにするひともいるのだと、わかっているからどうしようもなくて、でもお母さん、どこでどう勘違いをしてしまったのかわからないし、そしてもう何年も正されることがなかったこの勘違いを正すタイミングもわからなくなっちゃって、言うべきか少し悩んだんだけど、わたしの好物はレーズンパンではないよ。なんなら小学生の頃、給食にレーズンパンが出るたび少しウンザリしていたくらいで、いつもお母さんは、わたしのテーブルの席にそっと買ってきたレーズンパンを置いて、ほら、誰にも見つからないうちに食べちゃいな、というような目で見てくるけど、あのレーズンパンを食べているのはお父さんだよ。あのレーズンパンはいつだってお父さんに見つかって、食べられていたんだよ。隠していてごめんよ、ほんとうにごめん。いや、隠しているつもりはぜんぜんなくて、ただひたすらにお母さんが鈍感で、でもレーズンパンが蔑ろにされるわけでもなくお父さんに食べられているのを見ていると、わざわざ良かれと思って買ってきてくれたレーズンパンを拒むことはしなくていいんじゃないかって、ただそう思っただけなんだよ。