本震のあった3日後
後輩と物資を購入した。
後輩がボランティア団体に届けてくれた。


ボランティアから
物資の行き先を知った時は
嬉しかった。


自分達に何が出来るのかを
毎日考えた。


王子は空手の大会で
募金箱を持って
大きな声で募金を呼び掛けた。


私も私なりに活動している。


王子も
王子なりに行動している。


そんな中、
避難所から退去を求められた
妹家族は、
雨の降る夜9時に、途方に暮れた。


車で避難していなかった妹家族は
突然の退去の指示に
体育館外に出るしかなかった。


その他にもお年寄り
たくさんの人、家族が
体育館から出された。


理由はペットが一緒だったから。


避難する際に、ペットも大丈夫か?
と聞いた上で避難した人達。


いずれ出ないといけないことになっても
猶予や案内先もなく
突然の退去指示
雨の降る、夜の9時。


お年寄りはどんな気持ちだったんだろう。


何か出来る事を、
何か助けになればと
思っていた私には


怒りのぶつけようのない
出来事だった。



妹家族は、避難という居場所を失った。
その夜は、車に泊まりなさいと
車を貸してくれた方のおかげで
車中泊となった。




その後、
実家に一時帰省した。




一緒懸命、避難所の掃除をしたり
ボランティアのお手伝いしたり
自分達に出来る事をしていた
甥も姪も呆然として帰省。



初日は、食事もあまりせず
気力も無く、悔しいと言っては
涙を流していた。 



避難所に行きたくても行けない人。
多くの人の問題がフォーカスされてる。


日常の当たり前を奪う
災害とは恐ろしいものだ。


その一方
幸いに、人の温かさを知ることが
たくさんあった。


自分のことのように思って
すごく忙しいのに
温かい手紙を書いてくれた人。



熊本に迎えに行くと決まった私達に
夜中、たくさんのおにぎりや
毛布に携帯充電を用意してくれた人。



妹家族に元気を出してと
励ましの会を開いてくれた人達。


大丈夫?
頑張ってと声を掛けてくれた人達。


みんな、みんな、
人がしてくれた。
人からしてもらった。


たくさん、たくさん
信じられない出来事があったけど


この温かい出来事は
人生観を変えるほどの出来事です。


私は、これだけの事を
人のために今までした事もなく
考えた事もない。



この出来事は宝物の出来事。
だから『できること』は
とても素敵なことなんだ。


感謝。









余震の起こった次の日


金曜の夕方

・飲料水 6本入りのケースを4ハコ
・カップ麺  1ハコ
・非常食  1ハコ

クロネコヤマトに持ち込み
夕方の便で熊本に送った

避難所にいる妹家族は
荷物を待ちわびた。


通常なら、翌日に届く。

翌日土曜日、熊本行きの荷物は
預からない事を知った。


日曜には、送った荷物がどうなってるのか
不安になった。


追跡システムを見る限り
発送済み


昼に、
オペレーターに問い合わせする。

OP  『熊本行きの荷物は
全て発送元へ送り返されてます。
熊本での集荷場は、益城町
システムが止まってます。』

との事。

送った荷物は、妹家族には届かない。

ショックながら
『荷物がどこにあるか調べてください』

OP『大変な作業なので、
お知らせできるかわかりませんが
わかり次第、お知らせします』


夕方、携帯が鳴った。
『鹿児島に帰ってきた荷物をチェックしたが、
見当たりません。』

『もしかすると、
福岡へ行ってる可能性が出てきました。』

『もし、福岡に行っていたら
明日か明後日、届くかもしれません!』

私は、正直
荷物6箱  調べてくれないだろう。
と思っていた。

クロネコヤマトの男の人の声は
神様のような響きに聞こえた。


調べて頂いたことに
何度もお礼を言って
(それしか言葉が出ない)

電話を切った。


翌日の夕方
妹から電話がきた


『たまたま  家の様子を見に帰ったら
荷物が着いた!!着いたよ!!
ありがとう!ありがとう。』


涙声だった。


一緒に避難している、
ご近所の皆さんにも、お裾分けして


『クロネコヤマト
大感動を、ありがとう~』


勿論、運んでくれた
クロネコさんも被災者。


私も、早速クロネコヤマトに電話


『追跡の荷物、着きました!!
本当にありがとうございました!!』


私と、クロネコの人と
電話口でお互い涙声。。。


私『ありがとうございました!』
クロネコさん『よかったですね!』


何度も何度も
繰り返して
電話を切った。

届くはずのない荷物が
着いた。


こんなに大変な時に
配達してくれた。
みんな被災者なのに。



大感動と大感謝の夜だった。





2016 4月13日 木曜 余震
2016 4月14日 金曜 本震

今 尚、続く余震

妹達家族は、
13.14と空き地でご近所の方々と
2晩過ごし、3日目に避難所へ


2日目から、断水と停電
15日 土曜日は食事の配給
パンが1つ。
それは、高齢者と子供が対象。


給水も100番台。一台きたとしても
貰えない番号。


それをご近所や、
家族で支え合ってきた。

FBでもたくさんの、支援物資の要請が出る。

私もブログ、FBに現状を綴った。

最初に友人が
うちは水はたくさんあるから
いつでも送るから!!
すぐに連絡がきた。
本当に嬉しかった。

避難所に配給が
地震3日目になっても来ない現状を
FBで上げると


同じ、熊本の被災者でもある
音楽仲間がおにぎりとお菓子などなど
抱えて、妹家族達に差し入れをしてくれた。


涙が出た。


自身の食事は大丈夫だから
気にしないでと。

おにぎりは、温かく
善意の味が心まで染み渡ったと。


また、
自分達の所は 
パンもおにぎりも色々とあるから、
いつでも配達するよ!
と言ってくれた友人。


街は、大大大渋滞。
おまけに余震も続く。
そんな中、来てくれると。


涙が出た。


みんな同じ被災者

FBには、
おにぎり作ってます
取りに来られる方来てください!
水が出ます、汲みに来て下さい!

写真付きの記事もたくさん上がる。

なんて人は人の事を思えるのだろう。

みんなで
困ってる事をシェアしたり
情報を拡散したり


停電の避難所は
外部からの情報が遮断される。

貴重な、携帯の充電を
安易には使えない。

夜は真っ暗になるから
ライト代わりにも使わないといけない。

そんな中でも
互いを気遣える人達。

だから、早く、1日も早く
おさまって欲しい。