ここは鹿児島
昨晩2130頃 揺れた
いつもより揺れたのと、長かったのに
びっくり。
慌ててテレビをつけると
震源地は熊本。
妹家族の西区は6強
手が震わせて電話をするが
全く、繋がらない。
そんな中で、
ライン電話がいち早く通じた。
姪と妹は家に
義理弟は東京出張
甥はバイト先
キッチンのレール状の引き出しは
すべて開き
棚のものは全部おち
ガラスは割れ
コレクション棚は倒れ
足の踏み場がないという。
ご近所の方がきたようで
避難をすることになったようだ。
甥との連絡を任されて
避難場所へいく準備を始めた。
そんな中、私にも
大丈夫?と友人や従姉達からのメール
最初に来たのは
兵庫の友人、大阪の従姉
阪神・淡路を経験しただけに
いち早く気に留めてくれた。
とても、有難い気持ちだった。
鹿児島の友人達は
飲みの先から、
熊本の妹一家を心配して連絡くれる。
たくさんの友人から
ラインに、メールにと
熊本組を心配して
『お風呂にみずを溜めて』
『避難の際はビニール袋と、
ティッシュ、毛布』
『トイレには1人で行かない』
『避難場所まで、乗せるよ!
なんた声掛けは無視する事』
などなど
私も、熊本の友人3人と連絡も取れ
みんな言うのは同じこと
『怖い』
『どうしよう』
甥はタクシーもバスも乗れず
繁華街から徒歩で
やっと深夜1時前に合流
私も、ある程度の避難の準備をして
パジャマでなく
普段着で寝た。
地震に遭われた方は
こんな思いをしながら
必死に生きている事が想像できる。
想像できると思うのは
自分は津波も家がグシャグシャに
なるほどの地震には遭ってないから。
高速も新幹線も止まり
とにかく願って祈ってる今日。