本日購入しました。山形県ですので昨日が発売日です。
暫く思い付いた時ブログネタとして使えそうです。
今回は自分が関わったページについて解説します。
取材を受けたのは2007年の4月。選んだ理由はこの時期はサクランボ収穫は始まっておらず、雑草や葉っぱが無い時期なので、見やすく泥棒に間違えられません。ですから4月としました。更に当時はRS41はレストア終了から5年ではありましたが、「どうも違和感がある」感じがありました。何度か触れたフレーム入れ替えです。
ワンオーナーの感じがしません。更にエンジンを始めミッション、配線はオリジナルのまま。今の様な一体感が無い。ですからこのページを読むとよそよそしい感じが今します。
一体感が感じる様になったのは配線含めエンジン/ミッションOHが終わった2017年以降。1998年以前あれだけ探した涙目テールRS41ですが、当時は自分の車より程度が良い個体は3台しかなく、特に私が欲しく、程度がずば抜けて良い黒は高知県の愛好家が購入し、あちらはあちらでレストアを施し、倉庫に完全保管。(更に美しくなったそうです)
2年半散々探した結果、私の車より程度が良い物は現れず、フレーム移植の道となりましたが、そもそもこの情報はオールドタイマー誌無くしてはエンジン&フレーム情報はなく、長野への挑戦状として面白くする為と、お礼を兼ねて企画したのが正しいです。
さてムックのページ70ページご覧ください。
日野ブリスカですが、これは2010年4月~6月に掛けて解体となりました。73ページに移りまして、ブルーバードP510DX、カローラKE10(雑誌では、正しくはKE11)も同じ時期に解体となりました。その上のサニーVB10ですがこれは引き上げており、ミッションをドナーとして活用していますが、本体はスクラップになりました。他にも複数台のブリスカ近辺に有る廃車体も2010年を境に姿を消しています。
あの時仙台ナンバーの2トン積みユニックとヴィッツが市内をウロウロしており、廃車体を買い漁っていたのです。ユニックには男性2人、女性はヴィッツでした。 
丁度この時期でした。同じ2台の車が我が家の畑にも来ました。そうガラスを割る前。ボンネットフードも健在でした。私は当時37歳、農作業中でした。ユニックも居たので怪しいとみて、鎌を片手に睨み付けて、2台の車のナンバーをチェックし、顔も記憶しました。
学生時代解体屋でアルバイトしていた身、泥棒だろうと直感しての行動です。その後も訪れる外国人バイヤーに同じ対応をしました。尚仙台ナンバーの2台は日本人で、多分解体業者でしょう。廃車の確保が難しくなり、泡欲は何も知らない百姓オヤジを騙してタダか二束三文の金で購入しようと考えたな。
公務員として品性を疑われますが、「外国人はい嫌だなぁ~」です。イザ取引をしようとすると肝心な時に連絡が付かなくなる、時間を守らない、どうも関山の業者は従業員がチラリ云ったけど金にルーズらしいです。(支払いで客とトラブルになった様な話をする)今は関らんようにしたい。
最後にそもそもの原稿が誤り箇所が多く、辻褄が合わない点があります。これは2007年の時点で指摘訂正しています。当時甲賀さんがフィリピンへ取材行く事になっており、山形の廃車体所ではなかったと弁明しています。早速ページはじめの祖父の実家ですが、親父です。祖父の実家は現在住んでいる私の家です。旧車好きは昭和50年8月13日がスタートで、現在51年目。寿司屋で云うなら今が一番おいしいかな?当時は32年目で今の方が旨い握りが出来ています。品質は同じでもゆとりの面で味が今の方が旨い!
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