歩みを 止めてはいけない! | ざぼん的人生の歩きかた

ざぼん的人生の歩きかた

    午前に『生きていくために、身に付けていた方が良い、 
    考え方や、スキルについて』
   午後に『 自分自身を高めるための・こころ 』 
   の内容にしたいと思っています。
一部不定期に、読者の依頼により内容を変更する場合もございます。

前回は 「 甘いレモンとすっぱいブドウ 」 でした。

いつもおいで下さいまして ありがとうございます。

こんばんは 門前の小僧 ざぼんです。

今日 雨が上がったので 久しぶりに球磨川河畔を Walking

してきました。 お年寄りの多いこと。

びっくりしました。 健康はまず歩くことから だそうです。

それで 今日は 『 歩く 』 です。(無理やりかな?


歩き 歩く 歩け 歩こ と 『  』 の活用はありますが、

『 歩 』 に関する言葉は 沢山あります。

「 千里の道も一歩から 」 これは有名ですね。

「 歩み寄り 」 これも人間社会では必要なこと。


「 歩みあゆみ)」 人の名前にも使われていますが

どちらかというと 歴史 経緯 として

使われている場合が多いですね。


こう云う場合は 少し違います。

人の歩みを進めるのは、希望ではなく意思。

人の歩みを止めるのは、絶望ではなく諦め。


『 歩けあるけ) 』

どことなく 命令調ですが 賛同を求めている気も。


歩みで 検索すると Twitterに こんな書き込みが

『 要するに、自分ひとりでも生きていける、

という強さこそが、愛の悩みから抜け出せる唯一の道だと思う。

関係をよく保ち、相手との共存を可能にし、

それを持続するためには、

相手からいつでも歩み去れる自由さを自分がつねに持つことであり、

あいてにもその自由を認めることである。 』 (森瑤子)

ほかにも Wikiで調べてみると

◎ 邯鄲の歩み(かんたんのあゆみ)

  自分の本分を見失い 無闇に人を真似ていると、

  全てが中途半端になり、何も得られないうえに、

  自分の本分すらも失ってしまうこと。

  『 趙の都の邯鄲に憧れる若者が故郷から邯鄲に出向いた。

    若者は邯鄲の人々の洗練された仕草や歩き方に魅せられ、

    一生懸命美しく歩こうと努力するがうまくいかない。

    仕方がないので諦めて故郷に戻ってみようとすると、

    それまでの自分の歩き方まで忘れてしまっていた。

    若者は地面を這って故郷に辿り着いたという。』

やっぱり 自分の足で 自分らしく生きなさい!

ということですね。


『 歩く 』 という言葉をかりて

いろんなこと 伝えてきたんですね。


歩いていますか? 休みながら 歩いていますか?

時には水分補給も大切です 

汗が出た分 あなたの 友達は 増えてるはず。


人を大事に思うなら こちらから 歩み寄りましょう。

相手は あなたの気持ちを ちゃんと理解してくれるはず。


たまには 歩みを 振り返ってみましょう。

あなたの後ろには あなたの道ができているはずです。



安藤裕子:歩く

サウンド・オブ・ミュージックの丘を歩く

推敲3回で完成。
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メメント・モリ!とは ”死を思え!”という言葉ですが、

ネガティブな意味ではありません。

「 あなたのライバルは他でもなく、あなたの死だ。

あなたが真実を悟るのが先か、死が先か。

ぐずぐずしないで、さぁ目標に向かって進みなさい 」

というチベットの世界観に因るものです。

(参考:『三万年の死の教え』(中沢新一・角川文庫ソフィア)


他には 歩み板 、牛の歩み、歩み歩く、浮け歩み、歩み合い

    などなど。

国語辞典で調べてみると

1 あるくこと。歩行。「―を止める」「牛の―」

2 歩く調子。歩調。「―をそろえる」「―を速める」

3 物事の進行、または進歩発達の過程。推移。沿革。歴史。

  「近代日本の―」

4 等間隔で並んでいる物のおのおのの中心間の距離。

  例えば、ねじの山と山との距離など。

鈴木章子『がん告知のあとで』48頁~―――

    私の歴史

  私の今迄のの生活歴史に
  自我の歩みの歴史と
  弥陀の歩みの歴史と
  二通りの歴史があるとおもいます

  命終とは自我の歴史の終止符であり
  弥陀の歩みは
  そのまま続くものであるとおもいます


弥陀の歩み―――それを無量寿と言い”いのち”と言のだと思
います。

弥陀に生かされ自我を生きる―――生死即涅槃
生かされて今ここにある。
命終れば“弥陀のいのち”に戻る―――親鸞から学びました。


高村光太郎 『 道程 』

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため

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