「かけあし」

配役表

悠(ゆう)♂:

逢(あい)♀:

樹(いつき)♂:

悠の父  ♂:

(朝の場景 ~ 慌ただしい様子)
悠「いっけねぇ、遅刻! いってきます!」
  ~
樹「そうか。 寂しくなるな」
逢「ごめんね。 でも、いい経験になると思うの」
樹「もちろんさ」
悠「樹、逢ー!! わりぃ、待たせた!」
樹「遅いぞ、悠。 いつになったら早起きができるようになるんだ」
逢「かあさんみたいなことを言うなよ…」
悠「いままでできなかったことがいきなり悠にできるわけないものね」
悠「逢の言うとおり、って。 もしかしなくてもばかにしてるな?」
逢「当たり。 ほら寝ぐせを梳かしなさいな。 高校生にもなって、みっともない」
悠「いいよ、いいよ! お前もかあさんみたいなことをするんじゃねぇ!」
逢「ずっとこどもな幼馴染をもつと、母親の練習になるのかもね」
悠「なんだとぉ?」
樹「あまり騒がしくするな。 つっかかる悠もだが、からかう逢も変わってないぞ」
逢「ふふ。 ごめんね」
悠「ちぇ、その生真面目なのもよく変わらねぇもんだぜ」
樹「ふむ、反面教師がいるからかな?」
悠「なんだとォ!」
逢「そうだ。 あのね、悠」
悠「って、こんなことしてる場合じゃないだろ! 遅れちまう!」
 「先行くぞ!」
逢「あ、悠!」
樹「逢、しかたない。 また放課後にでも、集まった時に話そう」
逢「うん…」

(チャイムによる場転 ~ 放課後)
悠「逢、樹~。 帰りにどっか寄ってこうぜ」
逢「あー… 実はあたし、今日からたまにしか一緒に帰れないんだ」
悠「え。 なんだよそれ」
逢「悠、ごめん!! それと、実は時間も危ないんだ。 もう行くね。 バイバイ!」
悠「おい、逢! 説明しろよ!」
樹「悠。 逢なりの事情があるんだ。 許してやれ」
悠「事情? 樹がなんでそんなこと知ってるんだ!」
樹「今朝、お前が着く前に話したんだ。 逢はバイトを始めるそうだ。 大学に行って一人暮らしをするときに、少しでも蓄えになるように、ってな。」
悠「バイト? 大学なんて、まだ2年も先の話だろ。 どうして急に」
樹「急なものか。 僕たち高校生にとっては学校での生活がすべてかもしれないが、そのあいだの準備や経験が、社会に出るとき大切になるものだろう」
悠「ぐっ…」
樹「僕だって進路に向けて、勉強量を増やしているところだし…」
悠「う…うるせぇ! どうせ俺はお前たちみたいに、将来のことなんてなんにも考えてねぇよ!」
樹「! なにもそんなことは…」
悠「いいよ。 …今日はもう帰る」
樹「悠…」
悠(将来なんて、そんな先のこと考えたこともなかった。) 

(また別の日 ~ 登校風景)
逢「…悠は今日も来なかったね」
樹「ああ。 あれから俺たちを避けて、遅刻ギリギリに登校したり、なんにも言わずに帰るようになって」
逢「急で気を悪くするとは思ってたけど、ここまで引きずるなんて。 らしくないよ」
樹「まったくだな。 あいつのことだ。 すぐに折り合いをつけて、僕たちに聞かせに来るものだとばかり」
逢「いつも一緒に居たから。 …すこし安心しちゃってたのかもね」
樹「こればかりは、あいつ自身のことだ。 それを分かってもらわないとな…」

(休日、悠の家)
悠(結局、休みにまで引きずっちまったな…)
 「まったく… らしくねぇ。 ちょっとあいつらが先のことを考えてたからって、それがなんだ」
 「………。」 
 「ああ、まとまらねぇ! 気分転換だ、気分転換!」
(階下へ向かう悠)
父「おや、悠」
悠「親父…」
父「どこか出かけるのかい」 
悠「…そんなところ」
父「ああ、そうそう。 この頃、樹くんや逢ちゃんと登校してないそうじゃないか。 喧嘩でもしたのかな」
悠「そんなんじゃないよ。 そんなんじゃ… ただ、ちょっと考えてるだけだ」
父「なら、喫茶店をおすすめするよ。 煮え切らないのも、落ち着いた雰囲気でじっくり考えれば、まとまったものになるもんさ」
悠「そういうものかな」
父「お父さんはそうしたな。 悠ぐらいのころにはちょっとは悩んだものだったよ」
悠「…わかった。 いってきます」
父「ああ。 いってらっしゃい」

(駅前 ~ 休日の賑わい)
悠「喫茶店なんて駅前にしかないけど、洒落たところに行くもんだな。 親父も」
入店音
逢「いらっしゃいませ~」
悠「なあ!?」
逢「え? 悠!」
悠「逢のバイト先って、ここなのか!」
 (親父のやつ!?)
逢「悠がこんなところに来るなんて。 ひやかしってわけじゃないね」
悠「まさか」
逢「ふふ。 それじゃあ、カウンターでいいよね。 どうぞ」
悠「おう…」
  ~
逢「はい、コーヒー。 ミルク、置いとくよ」
悠「サンキュ」
逢「それで。 喫茶店に来るなんて、らしくない続きじゃない」
悠「ここには、考えに来たんだ」
逢「あー… この間は、ごめん。 いきなりで、説明もなしにさ」
悠「いや、いいんだ。 俺の方こそ食って掛かって、悪かった。」
 「それより、アルバイトは楽しい?」
逢「もちろん。 楽しいよ。 難しいこともまだまだあるけど」
 「人と関わること、もっと学んでおかなくちゃあね」
悠「やっぱ、逢はすごいな…」
逢「やりたいと思ったなら、やってみる! それだけよ」
悠「…いいな、それ」
逢「あたしのモットーだからね。 あ、もう行くけど、ゆっくりしてってね」
悠「ああ。 ありがとな」

(時間は過ぎて夕暮れ、あるいはすでに暗くなっている)
樹「悠…」
悠「こんな遅くまで勉強してんだな」
樹「ああ。 バカみたいだろ。 休みにも塾に通ってまで勉強だなんて」
悠「そうだな。 でも、樹はかしこいから頑張ってんだろ」
樹「はは。 それじゃあ皮肉だ」
悠「そう、かもな。 だからこそ、樹が羨ましい」
樹「悠、お前…」
悠「悪い。 目標なんて、誰にもあるはずなのに」
 「俺も考えなきゃ、なんだよな」
樹「見つかるさ。 悠には悠の、ぴったりの目標が」
悠「ありがとな。 それじゃあ、また」
樹「ああ、また月曜に」

(明ける月曜、いつもの集合場所。二人はもう着いていて悠を待っている)
逢「今日も遅いね。 悠」
樹「今日こそは来るだろう。 休みをはさんで、思うこともあっただろうからね」
逢「そうだね」
(遠くから、気まずそうに悠がやってくる)
悠「お、おはよ…」
逢「おはよ」
樹「おはよう」
 「もういいのか?」
悠「いいって?」
逢「考えなくてさ」
悠「そ、そのことはいいだろ。 俺の問題だからさ」
樹「よく言う」
逢「わざわざ顔を合わせないようにしてたくせに」
悠「わ、悪かったよ、素っ気なくしてさ。 ふたりとも、いきなり大人になっちまった気がして… それが、悔しかったんだよ」
 「将来のこと考えて、みんな今を頑張ってんだって」
 「なのに俺はなにも決めちゃいないって… だから」
逢「だから…?」
悠「これからなりたいものを見つけて、やりたいことをやるようにするよ」
樹「あはは、なんだそれ」
悠「笑うことないだろ。 何も決まらなかったんだ。 決められるだけの考えがあったわけでもないしな!」
逢「らしくなってきたじゃない」
悠「だろう? って、ばかにしてるだろ、それ!」
逢「ごめん、ごめん」
樹「ほら、じゃれてないで。 また、遅れそうになってる」
悠「いっけね! ほら、ここから駆け足だ!」
逢「うん!」
樹「ああ!」

​=END=