もうちょっとで詐欺のような目に会うところだったというお話です。
結局は、損することなく、
解決できたので、本当に良かったんですけれど、
問題を抱えている間は、
いろんなことを考えました。
事の発端は、
自分が善意で、
相手を信頼し過ぎたために、
相手側にかなりの好条件を与えてしまい、
そのまま、
逃げられてしまうことも充分あり得る状況を作ってしまったのでした。
今までの自分だったら、
今回の件を受けて、
以後は相手側に譲歩し過ぎることなく、
危機管理を徹底していかなければとか考えていたことでしょう。
けれど、今回は違いました。
騙されたのかなとか、
損するかもしれない額を考えていた時に、
一番、何が悲しいって、自分は感じていたかというと、
それは、
せっかく、人を信頼して、善意で行動出来た自分を、
今回みたいな小っちゃい出来事で、
失ってしまうかもしれないということでした。
話は広がりますが、
振り込め詐欺とかもそうですよね。
何でも「自己責任」という言葉で、被害者を裁いてしまいますが、
被害に合ってしまった人の中にあったはずの善意は、
果たして、
完全に無駄になってしまうものなのでしょうか?
必要のないものだったのでしょうか?
私の心は曇っていたばっかりに、
そういった騙される人たちを、愚かとまでは言いませんが、
可哀そうな人たちという目でしか見ていませんでした…。
本来、
この善意とか、人の良心を、
どんどん、
世の中に広げていきたいはずなのに。
それが目指している世界のはずなのに。
良かれと思って、注意喚起してくれてる人たちも、
知らぬ間に、その芽を、摘んでしまっている側面はありませんかね?
もっと話は広がりますけど、
女性が襲われる事件だってそうです。
男の自分は、
そんな夜遅くに、
そんなところに行くから悪いんだよとか、
男というものを知らな過ぎだよとか思ってる人間でした。
「自業自得」とか、思ってる一面が確かにありました。
けどそれでは、
さっき言った、注意喚起してる人たちと一緒なんです。
ホントにホントにごく一部かも知れませんけれど、
男という性を越えて、
人間として信頼して関わっていた女性が受けてしまった被害は、
それは、
その人が信じてた世界も一緒に奪ってしまっているわけですよね?
注意してあげる「優しさ」も、もちろん分かりますし、
これからも必要な「優しさ」です。
けれど、
初めから男なんて信じるなという世界も、悲しいではないですか?
理想を語り過ぎてるのも重々承知しておりますが。
人それぞれが、せっかくこの世に持ってきてるギフトを、
まずは最優先に守ってあげることを第一に考えたいと、
今回の件で、自分は思い直しました。
また同じような場面に出くわしても、
自分は、
今回と同じように、
善意を人に向けたい。
本日モ晴天ナリ
例エ雨降リデモ晴天ナリ
この世界の片隅で
今日も生きている
君の心に雨が降らないように
君が笑うとき君の胸が
痛むようなことなどないように

