追い討ちをかけるように、ひとりになった私のもとへ、いろいろな人がなんだかんだと嫌なことを言ってきました。
それまではジョンの保護があったのに急になくなってしまった。心身ともにまいっているのに、やっかいなこともすべて自分で対応しなければならない。未亡人って、こんなことまでしなくちゃならないのかと、驚きました。
それでも息子ショーンのことを思うと絶対に生きながらえなくては、と思いました。
そうやって、前に進もうとするのですが、私を押さえようとする人たちに足をひっぱられて動けない感じでした。
「これに負けてはいけない」
そんなとき、「このままでは自分がだめになってしまう」と思って、始めたのが人を「Bless」(祝福)することです。
「Bless you Jack, Bless you Norman, Bless you Fred……」
夜ベッドの中で頭に自然に浮かんだ名前を祝福しました。無心になって祈り続けました。
おかしなもので、口をついて出てくるのは私に対して嫌がらせや誹謗中傷している人たちの名前ばかりでした。
「なんで、こんな嫌な人たちばかり祝福してるんだろう」
と思いながら続けました。
その当時はただ、それをしなければ自分が病気になってしまうという必死の思いがあったのです。だから、私をアタックしている好きでもない人たちを一生懸命祝福し続けたのです。
「祝福」を始めてから一週間ほどした頃、私を傷つけようとした彼らに対する恨みが薄れてきたのです。
それと同時に不思議なことが起こりました。私を攻撃していた人たちはまだ攻撃の態度を変えた訳ではないけれど、他のことに忙しくなったり、仲間割れをしてお互いに衝突したり、ある人はこんなことを仲間と一緒に企んでいたと私に告白しに来たり、私に向かっていた鉾先が鈍ってきたのです。そのおかげで私は病気にもならずに前に進むことができたのです。
そして、その出来事の中で、ひとつ気がついたことがあります。
「私の体をメチャクチャにしていたのは、自分の中にある恐怖や怒りなんだ」
ということです。怖がっていること自体が自分の気持ちを弱くしていたのですね。
人のために祈っているつもりでいたのだけれど、それは自分の中にある恐怖や怒りを追い払うことだったのです。
私たちが人のためと思ってやっていることは結果として自分の心にもいい影響を与えているのだと思います。
もし、周りにあなたをいじめるような人がいたら「祝福」してあげてください。それはとても難しいことですが、あなたの健康のためだと思ってやってみてください。
そうすると、あなたはその人たちのいじめの世界の上に出ることができるのです。
オノ・ヨーコ(2009)『今あなたに知ってもらいたいこと』幻冬舎, pp. 22-26
