大月駅で家に土産物を買っての夕食。
宿泊プランは1泊朝食のみでしたので夕食は
大月駅前の立ち食いそば屋で済ませました。
今度は下り河口湖行きに乗車。
車両は昨年から運行している6000系(写真が暗くてスイマセン
)東京近辺にお住まいの方は見覚えがあるのでは。
元JR東日本の205系がベースになってます。
現在富士急行では4編成12両が営業運転しており、
そのほとんどは、かつて京葉線で活躍してました。
普通列車として現在も頑張っておりますが、
とても普通列車には見えない内装になってます。何と言う事でしょう。(匠)床面は全て木材を使用。更にはつり革にも木材を使用しました。そして極めつけは、車両連結部に「のれん」を掛けたではありませんか。
JR九州の車両デザインで一躍有名になった匠、
水戸岡鋭治氏のなせる業ではないでしょうか。
そして運転席・・・ここは205系当時のままの姿でした。
自分が池袋から恵比寿まで通勤で使ってた埼京線の
かぶりつきで見てた時の姿と列車無線以外はほとんど同じでした。

大月を発車すると、山岳路線らしくモーターが唸りっ放しでした。
ところで富士急行線は駅発車時は必ず警笛を鳴らします。
昔は都心の電車も出発時は鳴らしてましたが、
最近では余程の事が無い限り鳴らす事はありません。
富士急はそれ以外にも警笛を結構鳴らします。
理由は・・・まだ第4種踏切が多い事です。手前で必ず鳴らしてました。第4種踏切とは、警報機も遮断機もない踏切の事です。
富士急は大体1時間に2~3本のペースで走ってます。
全線単線なので当然ながら途中駅で列車交換があります。全18駅中、列車交換可能駅は半分の8駅あります。
下車駅の富士山駅は行き止まりになります。ここから河口湖方面へはスイッチバックします。
元々富士急行はここから山中湖方面への延伸を考えてましたが
諸般の事情で河口湖方面へ線路を延ばしました。
一旦ホテルへ戻り、夜になって残りの2駅へ向かいました。
富士急ハイランド駅と終点河口湖駅。河口湖の駅舎は山小屋風というか何となく趣があります。
そして駅前にはこんな車両が静態保存されてます。富士急行の前身「富士山麓電気鉄道」時代に活躍した「モ1形」。
1929年に5両製造され、その後増備車もありましたが、
改造や事業用などを経て、1994年に全て姿を消しました。
河口湖駅は車庫も隣接されてあり、夜間で見えにくいですが、
洗車線もあります。JR中央本線からの乗り入れ車両で毎日運行されてる「E233系」も
5時48分河口湖発東京行きがあるために車庫で眠っています。
そして22時10分、河口湖発大月行き上り最終列車でホテルのある富士山駅へ戻り、富士急行線の旅を終了しました。
残念ながら時間が合わず富士登山電車やマッターホルン号は
乗車できませんでした。今年の夏ごろに2000形フジサン特急が
廃止となり、旧小田急20000形RSE車に変わります。
またその時に乗りに来れたらいいなって思ってます。
宿泊プランは1泊朝食のみでしたので夕食は
大月駅前の立ち食いそば屋で済ませました。
今度は下り河口湖行きに乗車。
車両は昨年から運行している6000系(写真が暗くてスイマセン
)東京近辺にお住まいの方は見覚えがあるのでは。元JR東日本の205系がベースになってます。
現在富士急行では4編成12両が営業運転しており、
そのほとんどは、かつて京葉線で活躍してました。
普通列車として現在も頑張っておりますが、
とても普通列車には見えない内装になってます。何と言う事でしょう。(匠)床面は全て木材を使用。更にはつり革にも木材を使用しました。そして極めつけは、車両連結部に「のれん」を掛けたではありませんか。
JR九州の車両デザインで一躍有名になった匠、
水戸岡鋭治氏のなせる業ではないでしょうか。
そして運転席・・・ここは205系当時のままの姿でした。
自分が池袋から恵比寿まで通勤で使ってた埼京線の
かぶりつきで見てた時の姿と列車無線以外はほとんど同じでした。


大月を発車すると、山岳路線らしくモーターが唸りっ放しでした。
ところで富士急行線は駅発車時は必ず警笛を鳴らします。
昔は都心の電車も出発時は鳴らしてましたが、
最近では余程の事が無い限り鳴らす事はありません。
富士急はそれ以外にも警笛を結構鳴らします。
理由は・・・まだ第4種踏切が多い事です。手前で必ず鳴らしてました。第4種踏切とは、警報機も遮断機もない踏切の事です。
富士急は大体1時間に2~3本のペースで走ってます。
全線単線なので当然ながら途中駅で列車交換があります。全18駅中、列車交換可能駅は半分の8駅あります。
下車駅の富士山駅は行き止まりになります。ここから河口湖方面へはスイッチバックします。
元々富士急行はここから山中湖方面への延伸を考えてましたが
諸般の事情で河口湖方面へ線路を延ばしました。
一旦ホテルへ戻り、夜になって残りの2駅へ向かいました。
富士急ハイランド駅と終点河口湖駅。河口湖の駅舎は山小屋風というか何となく趣があります。
そして駅前にはこんな車両が静態保存されてます。富士急行の前身「富士山麓電気鉄道」時代に活躍した「モ1形」。
1929年に5両製造され、その後増備車もありましたが、
改造や事業用などを経て、1994年に全て姿を消しました。
河口湖駅は車庫も隣接されてあり、夜間で見えにくいですが、
洗車線もあります。JR中央本線からの乗り入れ車両で毎日運行されてる「E233系」も
5時48分河口湖発東京行きがあるために車庫で眠っています。
そして22時10分、河口湖発大月行き上り最終列車でホテルのある富士山駅へ戻り、富士急行線の旅を終了しました。
残念ながら時間が合わず富士登山電車やマッターホルン号は
乗車できませんでした。今年の夏ごろに2000形フジサン特急が
廃止となり、旧小田急20000形RSE車に変わります。
またその時に乗りに来れたらいいなって思ってます。

































