天を敬い人を愛す
西郷隆盛の指針(目標)とした言葉で、「南州翁遺訓」という西郷の本に書かれ
ている言葉です。
また、「八重の桜」のことですが、今日の八重(綾瀬はるか)もカッケーかっ
た。白虎隊の自刃、西郷頼母の妻子の自刃、悲しい歴史だけどそこには会津
藩の主君と家臣、家族の信頼関係があったのだと、でなければ相手のために
死ぬことはできないと思った。
ところで、八重は明治以降に同志社大学の創始者新島襄と結婚し、日清日
露戦争では看護婦として活躍し、八重の兄山本覚馬も生き残り、京都府政を指
導したり新島襄の協力者として活躍したということです。
織田信長や豊臣秀吉の時代なら、戦った相手はすべて殺されているはずで、
普通は戦争で重要な地位にいた者は戦死するか、生き残ったとしても戦争後
に処刑され、戦争に破れた者が、生き残って敵が作った社会で活躍したという
ことに不思議な感じがしたのです。その理由の一つが、西郷隆盛にあったとい
うことです。
「南州翁遺訓」は、西郷軍と戦った敵方の旧庄内藩士が刊行した書物だとい
うことです。庄内藩主や藩士に対して西郷隆盛が極めて寛大な処置をとり、こ
れに庄内藩士が非常に感激して西郷を慕い、鹿児島に引退していた西郷を訪
ねていき、西郷から聞き取ったことを、西郷が特赦により賊名が除かれたあと
西郷の教えを朽ちさせてはならない
と南州翁遺訓として出版したということです。また、上野公園の西郷隆盛の銅
像も旧庄内藩士が中心となって建てられたようです。
敵から慕われる人間、こういう人間が本当の偉人だと思います。西郷隆盛も
紙幣の肖像にしたい人です。
