勝海舟の母の墓が、静岡市葵区沓谷の蓮永寺という寺にあります。
NHK大河ドラマ「八重の桜」にも時々出てくる幕末の立役者勝海舟が「江戸城の無血開城」後、静岡に移り住んだ時、母信子が同行したが明治3年に病死して埋葬されたとのこと。母信子の墓は墓地の奥にひっそり建っていました。
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母信子の墓は右奥にあり、左側の塔は徳川家康の側室「お万の方」の供養塔
母信子の墓には、佐久間象山の妻となった海舟の妹「お順」もおさめられている。
この墓に海舟は、母信子について
母の信子は言葉は数少なく貧しい家事のやりくりをしながら、和歌をたし
なみ書を能くした。明治初年の国家の大難の起こった時も母上は落ちつ
いていて、少しもあわて騒ぐ風がなく、大義の正しさを見失わず、一言も
余計なことは云わず、私のすることを見守ってくれていた。この事は私の
肝に銘じて忘れえぬ所である。ああ哀しい哉。
勝部真長著「勝海舟」から
と漢文で刻んでいるということです。
当時、周囲は海舟のすることを理解せず妻子まで批判的であった中、母信子だけが海舟を信じて暗黙のうちに支持してくれていたことに対して、感謝の気持ちを残したようです。


