Paul McCARTNEY & WINGS、が正解なのですが、タイトル文字制限なのか入りませんでした。くうう。

1985年、とすれば収まるものの、ポールがスペル表記してるんだから仕方ないのです。


1973年リリース。批評は辛口のジョン・レノンをして「素晴らしい」と言わしめ、1974年のグラミー賞では、最優秀ポップ・パフォーマンス賞と最優秀アルバム技術賞の2部門を受賞した、WINGSの最高傑作と言われる〔Band on The Run〕の最後の曲。




この頃のWINGSは、ポールとポールの妻リンダ、そしてギターのデニー・レインの三人でした。

常夏の海を満喫しながらのんびりレコーディングしようと、いくつかの候補地の中からナイジェリアのラゴスを選びます。ところが、音楽性の違いを理由にリードギターが突然脱退、そしてラゴスへ行く前日になって「アフリカには行きたくない」とドラムまで辞めてしまいました。

失意の中で向かったラゴスのEMIスタジオは、どうしたことかまだ建設中。足りない機材を補いながら作ったデモテープやカメラなどを盗まれたり、ギャングに襲撃されたり、常夏満喫どころか現地は雨季で湿度と気温に苦しんだり、結構な目にあいます。

メンバーを欠いたものの、マルチなポールはベースはもちろんドラムもギターも奮闘し、それを支えるリンダとデニー。そりゃあいいアルバムになる訳です。しかもエンジニアはビートルズ時代のジェフ・エメリックですから、ポールとはもはやツーカー。夏の約2ヶ月間で、アルバムの半数を録り終えます。

《Nineteen …》を含む残りの曲はロンドンのエアスタジオにて収録。パーカッションやオーケストレーションを終えて、12月にリリースとなったのでした。名盤の裏にドラマあり。めでたしめでたし。



歌い出しで、

Oh, no one ever left alive
in 1985 will ever do

とあります。1985年になったら誰も生き残ってないよね、と。

曲のタイトルにもなっている1985年は何なんだ、というところで、ひとつの小説が登場します。


他の出版社のもあるはずなので、この表紙だけではないと思います。私が持ってるのがこれなだけで。

ジョージ・オーウェル《1984年》。1949年刊行ですが、邦訳版は1972年です。反全体主義のバイブル的なディストピア小説。ジョージ・オーウェルは《動物農場》もそうですね。

1950年代の核戦争(第三次世界大戦とされている)をきっかけに世界は三分割され、その中のひとつ、英語圏のオセアニアに住む主人公のウィンストン・スミスが体制に疑問を持ち出し、犯罪とされる日記をつけ始めることから始まる物語。クライマックスでは、思想警察に捕まったウィンストンが、101号室と呼ばれる部屋に送り込まれるのですが、この部屋は(以下自主規制)。2+2=5、ってやつです。未読であれば是非読んでみてください。


この《1984年》に影響されての上記の歌詞であることは既知であり、しかしながら影響されたのはポールだけではありません。

アントニー・バージェス《時計じかけのオレンジ》をはじめ、レイ・ブラッドベリ《華氏451度》、伊坂幸太郎《ゴールデンスランバー》や、最近では村上春樹《1Q84》がそうですね。たくさんの文学に影響を与えています。

そういえば《ゴールデンスランバー》はビートルズ《Golden Slumbers》からきてますね。解散の危機の中制作された、名盤〔Abbey Road〕収録の憂いを含んだ佳曲です。

音楽の方でも、スティービー・ワンダー《Big Brother》は文字通りですし(ビッグ・ブラザーという登場人物がいるのです)、レディオヘッド《OK Computer》やデヴィッド・ボウイ《Diamond Dogs》なんてその最たるものです。

なんて影響力なのかしら。



1985年になったら誰も生き残ってないんじゃないのか、とポールが歌うのも無理のない小説です。《1984年》がポールのインスピレーションを刺激して《Nineteen …》が生まれたのだとしたら、一流は一流を生む、のわかりやすい見本ですね。

とりあえず、ポールのピアノがカッコいいんだ。これも弾きたくて耳コピしたなあ。

どうぞ、残りの夏休み、《Nineteen …》を聴きながら《1984年》を読んでください。そして宿題の読書感想文を書くのだ。




ジャニー喜多川さんが亡くなって、QUEENの《Show Must Go on》があたかもジャニーさんの言葉であるかのような報道もありました。

ショーは続かなければならないのですが、そのためには、《Band on The Run》なのです。

必聴アルバムですよ。