いつもありがとうございます。
愚痴が多くネガティブな内容になっていますので、ちょっとなあ。と思う人はここで引き返してください。
でもこれが経験してきた私の道なんです。
子どもを出産していろいろ見えてきたんです。
子育ては二人ですると思っていたんです。
夫婦でも恋人でも、男役と女役がいります。
私が男役なら成り立っていない。
いや、大きな子どもか。
まあここまで無関心だとは思わなかった。仕事は休んだらもったいないとよく働く人ではあるが。
二人目も不妊治療に通いながら長女誕生から約四年後に出産した。
出産直前仕事を辞めて帰ってきた。
出産のときは長女をみてもらった。
今では笑い話になるが、当時陣痛タクシーと言ってあらかじめ登録しておくと電話一本で病院まで連れて行ってくれるありがたいシステムがあった。今もあるのかな?
この日は義理妹と甥、アメリカ人の彼氏がちょうど帰国した日だった。観光で一週間くらい来日していたのだ。その後出産の報告をしたらオーマイガーッ!
とまあお腹の張りが定期的にやってきて陣痛が始まったんですよ。
タクシーを呼びました。
○○病院までお願いします。
と伝えたが
どこですか?となんだか頼りない高齢の運転手。
このまま真っ直ぐ走るとすぐ左手に赤い十字の看板が見えますと答えた。
案内してください。
案内してください??
あんた知っとるんちゃうかい!案内するけども!
病院に着いた。
ここでまた高齢の運転手が
すみません・・・
(今度はなんだ)
・・・メーターを入れ忘れました・・・
はあ?!
もうそれどころではなく1000円を渡してタクシーを降りた。
すぐ受付をすませそのまま陣痛室へ。
ほどなく分娩室へ移された。
何度経験しても同じ。痛みにひたすら耐えるしかなかった。
今回はなかなか破水せず降りてこないという逆パターン。
息みも助産師のタイミングでやっていく今回のお産。
ここで息んで!って言われるがままやっていたら途中で意識が飛んだ。
顔を叩かれ起こされる。
なにか言われたがもうわからない。
すると私に馬乗りになりお腹を押さえてきた。赤ちゃんが降りてこないから圧迫してきたのだ。
また意識が飛びそうなときになにか聴こえた。
・・・からね!わかった?!
はい??
次ダメだったらお腹切るからね!赤ちゃんの心拍落ちてるから!!
頑張るから・・・でももう好きにしてください・・・。
最後に思いっきり息んだ。
・・・出た。
3220g。陣痛から10時間。予定より二日遅れの長男誕生だった。
ちなみに長女は2800g。時間にして破水から32時間。
医師にお願いし一日早く退院した。
長男は長女と真逆でよく寝るタイプだった。
夜はミルクを飲むと朝まで起きなかった。大丈夫か何度も起きて確認した。ぐっすり寝ていた。
赤ちゃんは2~3時間おきに泣いて授乳するもんだと思い覚悟していたものだが拍子抜けした。
旦那は仕事をなくし私は二ヶ月半で仕事に復帰した。
数ヶ月は旦那が長男を見ていたがまた仕事を見つけた。
そろそろ水商売は辞めてもらえないかと話したが、まあ聞かないよね。
長女は保育園に入っていたが長男は託児所に預けるようになった。
旦那はまた仕事が遠いため不在。
朝はとんでもなく忙しい。
ごはんを食べさせて着替えなど荷物を二人分作り、長男を託児所、長女を保育園に送った。
そこからダッシュで仕事に向かい、終われば保育園、託児所にお迎え。
帰ればごはんを作りお風呂に入れて片付けて明日の準備をある程度すませる。
今思えばよくやってたなと。
旦那は仕事を辞め、今度はまたフィリピンに帰ると。お金も貯まったから不動産をやると言って拠点をフィリピンに移す様子。
もう好きにしてください。
旦那がいない間私は一度倒れた。
仕事中に気分が悪くなり吐いてしまった。
いつもと違う感覚だったので早退した。
帰りの電車の中で意識が飛んだ。
気がついたら電車の外に担がれていた。
大丈夫ですか?!救急車呼びましょうか?!
・・・大丈夫です。帰れます・・・。
しばらくホームのベンチで休みフラフラのまま駅を乗り継いだ。
たしか近所にクリニックがあった。
あそこまで頑張れば・・・。
受付にうなだれるようにたどり着いた。
さっき電車で倒れて・・・
診察でいろいろ聞かれたが念のために検査をと言われた。
これから保育園と託児所に迎えに行かなければならないんです。
誰か他にいないか聞かれたがいないと答えた。
点滴の準備をしながら看護師さんが「大変ね。ほんとに誰もいないの?」と。心配そうに声を掛けてくれた。
いないんですよ誰も。
次の日は休みだったが、残ってる体力で子どもたちが自分で食べれるようなものをコンビニで買い込んだ。
死んだように寝ていた。
こんなことを旦那に話しても無関心。
ある時、仕事の帰り私は原付で交通事故に遇い救急車で運ばれた。
高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違いだったそう。
骨挫傷で左足をケガした。
診察室を出た。
旦那に電話した。
交通事故で救急車で運ばれたんですけど。
どっちが悪い?
第一声だった。
大丈夫?じゃないんか!
挙げ句には仕事に行くから送っていけと言うのさ。
信じられない。
ケガが治って復帰してすぐインフルエンザに罹ったときも深夜に迎えに来いと言いやがった。
39度あんだよ。
子どもまでいるのにさ。
こう言う人は話しても通じないから無理です。
無理とわかってても言います。言わないと私がおかしくなってしまう。
たまには吐き出してブチキレさせてください。
なるべく子どもたちがいないときにブチキレますから。
はぁ。
あんなに必死に日本に連れて来て永住権まで取ったのに。
他のフィリピン人と自分を比較して感謝しなさいよ。って逆に言われて。
違う引き出しをたくさん持っている旦那の頭。
未だに理解に苦しむ。
そして現在に至っています。