自分で出来る歯のホワイトニング社長の『Maxのちょっとアメリカ』 -9ページ目
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歯のホワイトニングに興味を持つ


歯のホワイトニング。私が歯のホワイトニングに興味を持ったのは高校へ上がり立ての頃だと記憶しています。もちろんその頃の日本には『歯のホワイトニング』という言葉は愚か、『肌の美白(ホワイトニング)』と言う言葉さえなかったと思います。

高校へ入学したての私は色気づいてしまっていて、なんとかして『男前になりたい』、『女の子に注目されたい』、『かっこいいと言われたい』とそんなことばかり考えていました。

その頃の男性週刊誌の裏表紙や通販広告によくでていたのが『歯のマニキュア(塗るだけで白くなる)』の広告でした。広告には確か『白い歯は女の子にもてる』ようなことが書いて有りそれが今でもトラウマになっているのです。

『白い歯 』→『笑顔が素敵』→『かっこいい』→『女の子にもてる』

そんな方程式を自分で勝手に作り上げた私は、少ない小遣いを必死に貯めて、やっとの思いで手に入れた『歯のマニキュア』を毎朝歯に塗って通学し、かわいい女の子に白っぽい歯を見えるようにしながら男友達と談笑していました。(笑)とてもなつかしい想い出です。


月日は流れ、とあるきっかけでアメリカで仕事をするようになり(ン十年以上も前の事ですが)、休日にリビングでカウチに寝そべって何気なくテレビを見ていた時に飛び込んできたCMがまさしく『ホームホワイトニング』のインフォマーシャル(インフォメーションとコマーシャルの意味を持つ造語)でした。(今の日本のテレビショッピングです。)

この『ホームホワイトニング』のインフォマーシャル商品はアメリカでも初めて売り出された本格的なもので、今まで見た事が無い全く新しいタイプの商品でした。

この商品は私のトラウマに火をつけました。

早速電話にてその商品を注文しました(その頃はまだインターネットは日の目を見ていませんでした)。1週間後に届いたその商品をすぐに試したのは言うまでもありません。(聞いた話で確かではありませんが その商品は全米で1,000万個以上も売れたそうです。現在のアメリカのホームホワイトニングの基礎を作ったといっても過言ではないでしょう。)

で、結果は? 『はい、見事に白くなりました。満足しました。』

 しかし問題もありました。『トレイの製作にコツがいりました』 『ホワイトニングに使うジェルの味がとても変でした』 『トレイ自体の匂いが鼻につきました』『ホワイトニング用の歯に装着するトレイを寝ている間中(約8時間)つけていなければならなかったので苦痛でした』

 でも確実に歯は白くなりました。モテル様になったかですって? 『はい!』とお答えしておきましょうか?(笑)
しかし友人達からは『明るくなった』 『自信が出てきたのかな?』 と言われるようになったのは確かです。そういう意味では人生が変わりました。

歯が白くなると
『顔の印象が明らかに変わります』
『人と面談するのが怖くなくなります』
『笑顔に自信が持てます』
『いろんなことに積極的になれます』

これは私の体験から明らかです。


つづく


MAX


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『セイム・タイム( SAME TIME )』


Maxのちょっとアメリカ-セイムタイム
 日本で外食をする際 とても気になることが有る。


それが表題の『セイム・タイム( SAME TIME )』


 反対にアメリカで外食をするときには全く気になったことが無いのが この『セイム・タイム( SAME TIME )』である。


 家族や友人等と一緒に複数で食事に行ったとき とても困るのが オーダーしたものが同時に出てこないこと。


まだ来ていない料理を待つ連れ合いを前に、先に出された料理に手を付ける時の気まずさ。

気を使って相方の料理を待って冷めた料理を食べる時のむなしさ。


これが 日本のレストランで気になることのひとつである。



ところが アメリカではこれがあまり気にならない。 というか ほとんど同時に出てくる。



これは オーダーされたものを『セイム・タイム( SAME TIME )』(同時、同じ時)にサーブするということが お客様に気を配ることの証であり、サービスの一環だと言う考え方が根付いているからだ。


日本のファミレスが面の展開でその升目の数を競っていた頃のほうが 今よりサービスが良かったと思う。


是非 お客さん本位のサービスに再度 力を注いで欲しい物だ....



MAX



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『マドンナ上空』


Maxのちょっとアメリカ-マドンナ  アメリカの管制官のサービス精神のお話をもう一つ。

 ある日やることもなく空港のクラブハウスへぶらりと出かけた。

 そしたら良く一緒に飛ぶパイロット仲間の友人がいた。

 (彼は現在某大手航空会社の現役のライン・パイロット)

 聞くと彼も暇で クラブハウスへぶらりと来たらしい。

 そんな二人を見て後輩が

  今日 サンノゼ・アリーナでマドンナのコンサートがありますよね~

  『 お二人は行かないんですか? 僕はチケット取れませんでした 』

 と話しかけてきた。行きたかったがもう今日の今日ではチケットが取れるはずも無い。

 ふと、 コンサート、上から見ようか?  と思いつき友人にもちかけた。

 のりのいい友人も大賛成で 早速準備に。

 しかし サンノゼ・アリーナはサンノゼ・インターナショナル空港、モフェット・エアフィールド、パロアルト空港の管制圏が重なり合っていて管制官とのやり取りが大変なところ。

 しかもその圏内で軽飛行機をうろうろさせるのだから管制官も嫌がって他へ行けと追いやられる可能性がある。

  どうしようか~  と弱気になっていたら

 教官が  管制塔に電話して計画を話してみたらどうだ とのこと。



 早速 サンノゼ・インターナショナル空港の管制室へ電話。



  『 あの~ 今日のマドンナのコンサート上から見たいんですが... 』



 そしたら電話に出た管制官、


  『 面白そうだな~(笑) 協力するよ。 何時に離陸する? コースは? 高度は? 何分くらい上から見るつもり? 』

 と聞いてきた。

  やった~!! 流石 アメリカ! 許可が出る。



 小躍りしながら 質問に答えると 管制官はコールサインを指示してきた。



  『 じゃあコールサインを 『マドンナ』にしてね、関係空港、施設にすべて連絡しておくから。

  離陸したらすぐ『マドンナ』でサンノゼ・インターナショナルのタワーとコンタクトしてよ。じゃあ、ENJOY!! 』



 ときた。



 それから3時間後 僕たちはマドンナのコンサートをその150m上空から楽しんだ。



 もちろんそんな上からはマドンナ自身を見ることも確認することも出来なかったが、

 その状況にとても満足した。( なんと! 音は聞こえたんだよ )


  アメリカの懐の深さ、寛容力、そしてサービス精神に感動した。


 とても良い想い出である。

      MAX
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『一旦停止の交差点』


Maxのちょっとアメリカ-一旦停止


 アメリカで車を運転していていつも思うことは

 そのアメリカ人のドライヴィング・マナーの良さである。

 レジデンシャル・エリア(住宅居住区)に入ると良く四面一旦停止の交差点に出くわす。

 そこでは とにかく自分のレーンの停止線に先に止まった方が優先権がある。

 これは日本と同じ。

 他に車がいなければ左右を確認後 発進。

 他に車がいるときは?

  アメリカではこの優先権が絶対で、この優先権をみんな本当に良く守る。

  先に交差点の停止線にタッチ(笑)した車が発進するまで 他の車は絶対に発進しない。
 ニューヨークのマンハッタンでは別....(笑)

 アメリカで運転を始めたときは これをなかなか理解できず よく他の車を困らせた。

 僕が最優先権があるにも関わらず 他の車を先に行かせようと待っていると他の車もじっと僕が通りすぎるのを待っている。

 たまにしびれをきらせて先に発進する車もいるにはいるが 本当にまれである。

  アメリカの寛容さと多種民族と生活していく為の大きなルールを感じる。


 Max



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『アメリカの優先順位』


Maxのちょっとアメリカ-SFO パラレルアプローチ SFO パラレルアプローチ


 空の上の飛行機の優先順位のお話です。

 前述の通り僕はパイロットです。

 とはいっても軽飛行機のパイロットでセスナ(日本では軽飛行機を総称してセスナと呼んでいますが、これは間違い。 セスナは固有名詞でセスナ社の飛行機のことをいいます)を操縦します。


 日本でもちょくちょく飛んでいますが 日本では大型機が優先、小型軽飛行機はとにかく邪魔者扱いされます。 (管制官にも依りますが...)


 特に以前の名古屋空港(今は愛知県営名古屋飛行場)では先に管制圏に入っているのにジャンボ等の大型機にその優先権を奪われ 上空で待機させられることが非常に多くありました。


 アメリカでは...


 随分昔の話になりますが 航空無線を地上で聞いているときに偶然聞くことができた、パイロットと管制官のやりとりのお話です。


 その時、サンフランシスコ空港へ着陸しようと1機の小型機が近づいていました。 


 実はサンフランシスコ空港は世界でも有数の超多忙な空港です。


 成田が忙しい、忙しいといわれていますが そんなの全く比べ物になりません。


 その超多忙な管制官にとっては、スピードも遅くパイロットの技量もわからない軽飛行機を誘導するのには手間がかかりますし 鬱陶しい存在だと思います。


 そこへルフトハンザのジャンボ機がやって来ました。


 長旅の疲れからなのかジャンボ機のパイロットは通常より早いスピードで空港へ向かっていた様です。



 管制官から
   『スピードを落とせ、先にセスナを着陸させる』 とジャンボ機に指示が飛びました。



 するとジャンボ機から
   『こちらが先に着陸したいので セスナをどかせ。』  と返信。



 管制官から
   『セスナに優先権がある。スピードを落とせ。』



 ジャンボ機から
   『こっちは長旅で疲れているんだ、先に着陸させろ。』



 そんなやりとりの間にも ジャンボ機はどんどん空港に近づいています。



 すると管制官は セスナ機に向かって
  『セスナ機へ、風○○の方向 強さ○○ ○○滑走路への着陸を許可する』



 続いて ジャンボ機へ
  『ルフトハンザ○○便 ゴー・アラウンド(着陸をやり直せ)』



 ジャンボ機からすぐ返信がありました。



  『ジャンボがUターンするのに1万ドルもかかるんだぞ!!』



 すると管制官
  『Just Show me $20,000 Turn (じゃあ、2万ドルのターンを私に見せて頂戴ね)』



 ジャンボ機は管制官に負けてしぶしぶ着陸のやり直しをしたのでした。




 カッコよかったな~ あのサンフランシスコの女性の管制官!!

MAX


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『アメリカのサービス精神』


Maxのちょっとアメリカ-ラスベガスナイト


前回はアメリカの管制官のサービス精神で話をまとめましたが引き続きラスベガスの管制官のお話をしましょうか?

 今回のお話は最初に渡米してからかなり月日が経過してからのお話です。

 アメリカに住むようになり、僕はとにかく時間があると飛行機であちこちへ飛んで行きました。

 ある日 友人との談笑中、ふと

  「ラスベガスへ遊びに行こう!」 と言う話になりました。

 もちろんエアラインで行くのではなく、軽飛行機を自分達で操縦して行こうということです。

 カリフォルニア北部エリアの飛行場はほとんど行き尽くしていた頃ですがサンフランシスコから500マイル近く離れているネバダ州のラスベガスへは、まだ自分で操縦して飛んで行った事はありませんでした。

 どうせ行くのなら 「夜景を見よう!」 ということで

 暗くなってから出発することになりました。

 当日は快晴 エンルートの風も安定しています。

 ベイエリアを離陸した我々の操る軽飛行機は順調にフライトを続けました。

 ベイエリアを離れ1時間もすると、外界は暗やみの世界です。

 ほとんど明かりの無い砂漠の上空、計器を頼りにエンジンの単調な唸りと、たまに入る航空機と管制官とのやり取りをバックグラウンドに2時間ほど飛び続けます。

 前方の暗やみの中にうっすらと見えるその影は山脈です。

 この山脈の向こう側にラスベガスがあります。

 ラスベガス・エリアの管制官とコンタクトをとると 高度を下げるように指示をされます。

 不審に思いながらも高度を下げますが そのまま飛行を続けると山に衝突です。

 その時、管制官から山沿いを飛ぶような進路変更の指示が入ります。

 どうやら山越えではなく山を迂回してラスベガス空港へ侵入させるようです。

 山沿いを飛び、ちょうど山脈が切れた時 左旋回の指示が来て山脈が左に見えるようになる頃、突然ラスベガスのまばゆい街の光が機内に飛び込んできます。

 同乗している誰もが 歓声をあげました。

 素晴らしいラスベガスの夜景が目の前に広がっています。

  もう光の渦で空港が何処にあるか分かりません。

 その後もランウェイへアプローチするまで管制官が誘導してくれます。

 着陸後 そのフライトを振り返り思ったのですが、管制官は我々に山越えをさせず、ラスベガスの夜景を突然出現させるための演出をしてくれたんではないのでしょうか?

  「ああ、これもアメリカ流のサービス、まさしくエンターテイメントだな~」と感心しました。

  ディズニーランドに代表されるアメリカのエンターテイメント性を僕はプロのサービスの賜物だと理解しています。

 MAX
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『サンフランシスコのナイトフライト』


Maxのちょっとアメリカ-SFOナイトフライト


 四半世紀前の米国留学時のお話し。

 無事にサンフランシスコにたどり着き 学科試験にも合格。

 順調にフライト訓練のスケジュールを消化している頃

 いよいよ待ちに待った初のナイトフライト訓練日になりました。



 夜、セスナは飛べないとお考えの方もおみえになるようですが、有視界飛行の法規定内に夜間飛行の制限はありません。



 一定の視程が確保できていれば夜も また、雨天でも飛行は可能なのです。



 その日の夕刻 日が沈み始め、空が赤く染まった頃 懐中電灯を片手に機体の外部点検、エンジンスタート前の機内点検、そしていよいよエンジンスタート!



 その頃には外はすっかり闇の世界です。

 タクシング・ライトを点灯し タワーからのクリアランスをもらいランウェイへと機を進めます。



 いよいよ離陸です。



 タワーからの離陸の許可が出ました。



 スロットルを一杯前へ押し出します。 

 両足で踏んでいるフットブレーキ・ペダルから足を降ろすと機はするすると滑り出し、徐々に加速、その数秒後には滑走路から脚が離れそのままフルパワーで暗い夜空の中へどんどん上昇していきます。



 実は離陸した瞬間に気がつきました。

 訓練でいつも見慣れているはずの そこにあるはずの景色は全く違う景色だということを。


 あえてキザな表現をすれば...


「黒いビロードの絨毯のうえに百万個の宝石をばらまいた」 ような景色。



 感動で胸が震えました。



 それまでの人生で経験したことのない素晴らしい感動で自然に涙があふれました。




 まさに100万ドル以上の夜景が僕の前にひろがっていました。



 アメリカのほとんどの家についている門灯は蛍光灯ではなく橙色をした白熱灯です。



 また、幹線道路やフリーウェイを照らす街灯もオレンジ色をしています。



 それらの灯がサンフランシスコ湾を囲む平野部分から平地を囲む丘陵地帯へと続きます。



 その中を家路を急ぐ車のライトの帯が連なります。



 ぜひ 機会があれば経験してください。



 あの感動を今も忘れることができません。



 僕は免許を取得後も好んでナイトフライトをしています。



 特に日本からお客様がお見えになったときには必ずといって良いほどナイトフライトにお誘いしています。



 いつも感心するのは フライト中、管制官に「ベイツアー(サンフランシスコ遊覧飛行の意)」を伝えるとよほどの事が無い限りこちらの意向を汲んでくれます。


  最高のフライトをアシストしようとしてくれる懐の深さとエンターテイメント性。



 僕もその徹底したサービス精神を見習いたいと思います。

 MAX

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『Make Room』


Maxのちょっとアメリカ-テリトリー


直接日本的に訳すと 

  『部屋を作れ』  ???になるけど...

 これは僕がアメリカのBuffet(日本的発音だと『ビュッフェ』で『バイキングの意』だが、 アメリカでは『バフェイ』と言う)で人気の料理をとるのに列に並んでいるときに、前のアメリカ人が振り向きざまに僕に向かって言った言葉なんである。

 ROOMを辞書で調べると『部屋』そして『空間』、『空き場所』ともある。



 要は 『そんなにくっついて並ばずにもっとすき間を空けろよ』
 ということなのである。



 アメリカ人は特にこの空間を気にするみたい。



 動物としての人間にも『テリトリー』があって、ある一定の 『なわばり』 が存在する。



 狭い日本で育った僕のテリトリーもやはり狭く、家宅進入意識が欠如していた。



 広いアメリカでは 彼らのテリトリーも広く 押しあうように列に並ぶ日本人は鬱陶しいらしい。



 銀行のATMで並ぶとき、駅でキップを買うとき、コンビニのレジでの順番待ち。


 どれをとっても日本でそのテリトリーを守るには無理がある。


 アメリカや欧米諸国ではテリトリーをとても気にするので 気を付けよう。


  インディアンのテリトリーを奪った彼らの逆鱗に触れないように (笑)

MAX

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シワを取るオイル化粧品?



Maxのちょっとアメリカ-ドレミューオイル
 弊社がお取り扱いさせていただいている ドレミュー社のエミューオイル化粧品。

この化粧品との出会いは たまたま届いたスパム・メール(迷惑メール)から。


 通販という業種柄、商材探しの為のスパム・メールの内容チェックは、毎日のルーティン・ワークになっているのだけれど、そのスパム・メールの中でもひときわ明るいオーラを放っていたのが この商品でした。

アメリカの各ファッション雑誌が『シワを消す!魔法のコスメ』と大絶賛! というのが謳い文句。

 早速ドレミュー社から一(いち)消費者として、気になった数点のコスメを購入しました。


商品到着後 すぐにドレミュー・オイル(3回の濾過を繰り返し、純度を限りなく100%に近づけたピュア・エミューオイル)を70歳の母に使ってもらいました。

 1ヶ月後 その効果に正直驚きました。長く苦労をかけてしまった結果の年輪として残った深いしわが見るからに浅くなって、肌にも張りが出てきました。

 母もとっても気に入ってくれて、それからずっと毎日使っています。今では母の友人にもクチコミでどんどん広まっております。

 使用前と使用後の画像もあるのですが、目立つことが嫌いな母はかたくなに使用を拒否。(汗)

「私も女性。しわだらけの顔を皆様にお見せする根性は持っていない」んだそうです。

(他の方の体験談はこちらでご覧いただけます。)

 オイルという名前から べたつく感じがするかも知れませんが全くそんなことはなく、塗った先から肌に入っていく感じがわかります。

こんな良い製品なので すぐに日本での販売権をいただき今に至っていますが、実は悩みもあります。

それはアメリカですごく売れていて、生産が追いついて居らず、オーダーしても製品がすぐに入ってこないこと。

 その会社の会長さんは女性でジュディーといいます。以前やはりアメリカでエミューオイルがブームになったことがあって増産体制を敷いたそうですが、その体制によるお客様への弊害が多々露見されたのでその後は一貫して現在の生産量を守っているとのこと。

 その姿勢に共感するところがあり、弊社もゆっくり売らせていただいています。

MAX

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『初渡米 滞在時間は3時間』


Maxのちょっとアメリカ-Seattle


僕の初渡米は かれこれもう四半世紀前になろうとしています。
 
 僕は幼い頃からパイロットになることが夢でした。

 小学校5年生の時にとある空港で開催された航空ショーで轟音とともに華麗に舞った米海軍ブルー・エンジェルスのF4-ファントムの勇姿が “パイロットになる!” と僕の心に刻まれたようです。

 高校を卒業後 プロのパイロットを目指しましたが 近眼で断念。その当時、日本では裸眼で一定の基準の視力がないとプロのパイロットへの道は閉ざされていました。

 しかし、夢を捨てずにいるとアメリカで自家用操縦士免許取得のチャンスが巡ってきました。
 そのチャンスに僕は迷わず単身アメリカへ渡る決意をしました。

 留学資金稼ぎのためアルバイトをしていたR社を辞め、新幹線のホームで同僚達に見送られ
  イザ、成田へ出発!  そんな時代でした・・

 成田国際空港からシアトル行きのタイ航空で渡米の予定でしたが、成田でボードをチェックすると

  なんとスケジュール・キャンセル!?

 エンジントラブルでその日シアトル行きは欠航となり、航空会社が用意した成田ビューホテルに一泊することになりました。

 成田ビューホテルのエレベーターで ブロンドの美人と一緒になり….

 胸はときめき あれこれ思い巡らしたものの 何も起こるハズも無く 翌朝4時半には航空会社の人のモーニングコールで起こされました。 

 いよいよ(駅で見送られてから20時間後 ようやく)憧れのアメリカへ飛び立ちました。

 その約8時間後 

 僕はアメリカのシアトル空港に降り立ちました。 

  「へ~ これがアメリカか~」
 
 時差でボケボケの頭のまま イミグレーションへ。 

  「え~っと 滞在は1ヶ月って言うんだったよな・・
   目的は観光・・
   泊まるところはサンフランシスコの知人の家っ・・・と」

 飛行機の免許を取るために入国するのですから、本来ならばF-1という学生ビザを取得して入国をしなければならなかったのですが...

 実はお世話になった旅行社の教えでB-2の観光ビザで入国しようとしていました。

 結論から申しましょう。 

  イミグレーション・オフィサーに見事に見破られました。

  「違う違う」 と言い張ったのもいけなかったのかもしれません。
 
 その入国管理官は

  「今 おまえがそこまで言い張るのなら裁判官を連れてくる。それで判決が出る とおまえは強制送還となり今後10年間アメリカに入れなくなる。
   しかしここで入国をキャンセルし 国に帰るのならレコードは残らないが ・・・どうする?」と聞かれ

  「帰ります!!」 と即答したのでした。(笑)

 なんと僕は日本から乗ってきたタイ航空の折り返し便で成田に帰ってきたのです。

  アメリカ滞在時間3時間  

 すごくキツイ旅でした。(笑)

 しかしその時印象に残っているのは 空港のターミナル間を走る地下鉄でした。

 とにかくでかいアメリカをまずは少し見てきました。

 Max
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