「教師びんびん」あっと言う間に7話まで見終わった。


全盛期トシちゃん主演!伝説のドラマ。


もちろん、こういう懐かしのドラマの見どころとしては、単純に全盛期のトシちゃんを拝みたい!とか、あの頃の時代や風景にタイムスリップしたいとか、リアルタイムで見ていた人なら青春を思い出したいとか、いろいろあるんだろうけど、やっぱり名ドラマだからストーリーや登場人物を通して表現された思想と言うか、作った人が訴えたかったテーマというか、大げさに言えば「哲学」を少しは学びとらなきゃウソだと思う。


まだ全話見たわけじゃないから、これから最終的にどうなるかは今後のお楽しみだけど、7話まででも、あぁこいつとこいつ(男女)がくっつくんだろうな、みたいな展開は何となく読めてくるし、主な登場人物のキャラクターは立ってきている。


きっと、このドラマのテーマで一番の要は、「仕事観」じゃないかな。


どこまでが仕事か、という問題。


徳川先生(トシちゃん)と榎本先生のコンビ以外にも、教員キャラとして、何か問題が起きるたびに「責任取るのは私なんですよ!」といいつつ何もしない御前崎教頭、「5時から男」(仕事は仕事として完全に割り切るタイプ)の満田先生などが登場する。


もちろんこの人たちは悪い人ではない。本当は高邁な理想や信念が心のうちにあっても、いろいろ事情や立場があってできない被害者的な面もある人たちだ。


そもそも、教師は公務員であり、文科省が決めた学習指導要領に従って、規定の勤務時間中のみ生徒の指導を遂行していればOK、というか、それを逸脱することは原則できないのだ。


その方が、監督官庁や教育委員会、学校の管理職といった「お上」の人たちも、一定の計算が立つし、管理が楽だ。


その点、徳川先生(トシちゃん)は「教育とは愛です」「学校は人生が生きるに値するものだということを教えるところ」と言い、生徒の家族のことや個人的な問題まで解決に尽力し、指導要領に無い課外授業もバンバンやるのだから、管理者にとっては迷惑千万だろう。


教師に限らず、仕事は仕事として割り切り、プライベートで人生を謳歌しよう、という人も多い。それはそれで、全く問題は無い考え方だ。


「仕事は食うためのもの」というのは多くの人が持つ常識だろうし、「仕事は壮大な暇つぶし。昼間の有り余る時間を、無益に孤独に過ごし続けることに耐えられないから会社で仕事するのだ」という人もいる。過激に聞こえるけど、それも一理ある考えだ。


だが、普通の人は平日の起きている時間の大半を仕事に費やす。


会社内部の規定に沿って、給料をもらうためだけに、勤務時間中だけと割り切って、良心が傷まない程度与えられた仕事だけをしているなら、その時間はその人にとって、生きも死にもしない灰色の時間だ。


平日の大半が灰色の時間なら、自由な時間に行う息抜きがあったとして、果たしてその人の生涯はトータルに見て幸福と言えるか。


多くの人は何となく学力や偏差値で大学に進み、勤務環境や給料で会社を選び、インスタントな志望動機をでっちあげて入社試験を受ける。仕事に理想もテーマも無く、やりたい仕事を聞かれても即答できない。やりたい仕事があってもその職種・部署に就ける確率はかなり低い。


そして、たとえその理想が叶ったとしても、管理しやすい・計算しやすいことが好まれる組織において、与えられた一定の職権を逸脱する者の存在は異端であり、周囲との衝突を引き起こす。仕事であるからには結果を出さなければならず、現実はシビアである。


このドラマに出てくる徳川先生のように、若いうちから確固とした天職が見つかっている人は稀だろう。さらに、組織においても、自分の信念を貫き通せる人は稀だろう。そして、その稀な幸福も実際はいばらの道だろう。


それでも徳川先生にとっては、いつも徳川先生でいることが職業であった。そしてその役に一番ふさわしかった人物は、「いつも田原俊彦でいることが天職」と語った、トシちゃんその人だったんだろう。