11年前のことが再び・・・
人の縁というものは 唐突に降って湧いたようにやってきますね。
昨日の夜 なんだか気になるブログを見つけたので
アメンバーの申請をしたところ承認していただき、
今朝さっそくその方の記事を拝見しました。
最初の記事で 「あれっ!」
読み進んでいくうちに
11年前の記憶が一気に蘇ってきました。
私のプロフィールにはあえて書かなかったけれど
私がオーストラリア行きを決意する前に、日本国内で 競走馬を乗用馬に調教するような施設で
働いてみたい、研修してみたいと思っていた。
それが2000年のこと。
そんな素敵な施設・HOP研究所が島根県にあると知り、さっそく連絡を取って年があけた2001年の1月にその施設の代表者に会って話を聞くために 島根県まで飛んだ。
電話でも何回か話した事があったが、初めて会った時のその代表者は小柄で話の楽しいおばさんという印象だった。
おりしも大雪のため、当初は施設を見学できる予定でいたが バスが動かないというので
空港で会って 空港のロビーで話をしただけになってしまった。
なんだか記憶があいまいになってしまったけれど
お土産の鎌倉名物・鳩サブレーを『皆さんで召し上がってください』と渡したのは覚えている。
雪がどんどんひどくなり、帰りの飛行機が飛ばないというので
夜行バスで帰ってきたと記憶している。
「えらい目にあった。。」なんて思っていたんだけれど
これでいよいよ好きな馬と一緒に生活できるのかとワクワクした。
それから間もなくのある日、いつも愛読している乗馬雑誌を読んでいると 広告欄にふとしたものが
目に留まった。
「島根県にある実体の無い乗馬施設で馬が虐待されています。お問い合わせはこれこれまで」とか
だったかな。
島根。。。
うーん、偶然にも私が行くところも島根。
まさかね。。
変な胸騒ぎがするので 思い切って広告主に問い合わせたところ、
ビンゴ。
それからは あの「おばさん(施設の代表者)」を相手取って 入学金返金の為の裁判を起こした。
(最初は内容証明を送ったんだけど)
虐待されてきた馬たちをサポートする会の代表の方に何度も会い、
弁護士さんも紹介してもらい、
当の裁判ではサポートする会の代表の方にも一緒に来てもらった。
くわえて とりあえず保護された馬たちも見てきた。
ガリガリに痩せて 皮膚病もあってひどい状況だった。
当時の写真も見せてもらった。
オガコの無いコンクリの馬房の中で糞尿にまみれて突っ立っている馬の姿。
建物の脇には青いビニールシートが掛けられ、その下には馬の死体が横たわっていたという。。。
こんな事をする人がいるのかと言葉を失った。
聞くところによると、あの「おばさん(施設の代表者)」は馬にすら乗れないそうだ。
そんな人が馬の調教をできるわけがなく、まさに実態の無い乗馬クラブを経営していた
愚かな人だった。
裁判の結果は私の有利だったので、一括払いが無理だというから
分割で全額返金してもらい、私のケースは終了した。
その後、サポートする会の代表の方から手紙をもらって
「あれから~~~になりました」のような報告を受けたので
ちょっと一安心。
さぁこれからどうするべ。 会社には辞めること言っちゃったし。。。
運よく会社の子会社である人材派遣会社にすぐ登録が出来たので
会社を辞めて送別会まで開いてもらったものの
翌週には今までいた部署に『出戻り!』でクビはつながったものの。。
やっぱり馬を勉強する事に未練を断ち切れなかったので
オーストラリア行きを決めたんですけどね。
(詳細は私がオーストラリアに来たワケ )
そんなことがあった11年前なんですけれど
今朝
偶然にも ある方のブログの記事を読み進んでいるうちに
あの『おばさん』が、今は結婚して夫婦揃って
詐欺まがいなことをやっていることを発見し
言葉がありません。
県が彼らの行動を見張っているようですが、
夫婦でブログを開設して 当時の私のような何も知らない若い女の子・男の子をターゲットに
いろいろ書いているようです。
ずる賢こさはここでも全開し、
殆どの記事はアメンバー限定にしているので 彼女のアメンバーにならないと読む事ができませんが。
どうかこれ以上被害が拡大することのないように ただただ祈るばかりです。
11年も経ったけれど、私は今でもあの「おばさん」の顔をよく覚えています。
裁判所ではうつむいていたけれど、今も当時と同じ事をしようとしているだなんて
反省の色が無いというか、罪の意識がこれっぽちも無い。
しばらく私もあの「おばさん」を見張らせて頂こうと思います。
ご訪問ありがとうございました。