MadでPureな人間が、エイベックスと世界を変える。

 

エイベックスの新しいタグライン(企業理念)は「Really! Mad+Pure」。

 

「Mad」「Pure」という、一見、企業理念らしからぬ言葉に、

 

松浦勝人代表取締役CEOは改革への強い意志を込めたと言います。

 

この理念を指針に、エイベックスはどこを目指すのか。

 

松浦社長と、この思いに共鳴したというジョン・ワーウィッカー氏に聞きました。

 

会社の仕組みごとつくり直さなければならない。

 

 そもそもの始まりは、二〇一六年五月。

 

AGHDの松浦勝人代表取締役社長CEOは、

 

エイベックス・グループの新たな成長戦略を発表し、

 

二〇二〇年に向けた今後数年間を「第三創業期」と位置づけました。

 

「自社アーティストの新しいヒット作をつくることはもちろん、

 

成長市場である、ライヴ・デジタル・アニメ領域への経営資源の選択と集中」、

 

「全社最適を徹底するための組織体制・仕組みの構築」、

 

そして、「新たな企業理念の策定」の三つを軸に、社内改革を行うと宣言したのです。

 

 なぜこのとき、松浦社長は「理念の策定」も改革の柱であると語ったのでしょうか?

 

「理念とは、本来は企業が進むべき道を示す指針となるものだと思います。

 

しかしエイベックスを起業してからずっと、目の前の仕事をこなすことに精一杯で、

 

理念の重要性について考えることがなかった。

 

がむしゃらに働いていれば、自ずと結果はついてくると思っていたんです。

 

 ですが、会社が大きくなるにつれ、

 

社員が一丸となるためには何か言葉が必要だと思うようになりました。

 

そこで、二〇一三年に『感動体験創造企業へ』という企業理念と

 

『move the world』というグループミッションを策定しました。

 

この想い自体は、間違っていなかったと思います。

 

ただ正直なところ、僕自身がこのフレーズに思い入れを持っていなかった。

 

自分で考えた言葉ではなく、提案されたフレーズの中から選んだからです。

 

この時点でもまだ、会社に必要なのは理念よりも行動であって、

 

結果さえ出せば社員はついてくると信じていたんです」

 

 しかしグループ会社の数が増え、会社の規模がさらに大きくなった二〇一六年の春、

 

松浦社長は従来のやり方がとうとう限界に達したことを痛感しました。

 

「もうエイベックスは創業者のトップダウンだけで

 

コントロールできる規模の会社ではなくなっていた。

 

社員アンケートの結果がそれを如実に表していました。

 

社員の不満があふれていて、会社が疲弊しきっている現状をまざまざと見せつけられました。

 

想像していたより、一〇倍はひどいものでした。

 

もちろん、これは僕にも責任があります」

 

 エイベックスの〝限界〟とは、なんだったのでしょうか。

 

「意図したわけではないのですが、創業者が社長をやっている会社は、

 

自然とトップダウンの傾向が強くなり、部下が上の人間に対して意見を言いづらくなる。

 

僕は一度も会社員をやったことがないんですよ。

 

だから雇われている人の気持ちが分からなかった。

 

自分がやりたいことは、役職なんて関係なく、

 

どんどん主張していけばいいと本気で思ってきたんです。

 

 しかし現実には、それが実践できるような組織体制になっていなかった。

 

だから社員の不満が溜まり、社内調整等に時間を奪われ、

 

仕事のスピード感も失われてしまった。

 

そうした現状が見えたときに、これはもう、小手先の改革ではなく、

 

会社の土台となる仕組みからつくり直さなければならないと思ったんです」

 

 

「二一世紀型の音楽会社」に変わるための理念づくり。

 

 

 会社にとっての土台となる仕組みづくりの起点となるのが、

 

社員一人ひとりが行動する上での指針となる「タグライン(企業理念)」です。

 

ならば、新しく自分たちの手で理念をつくり出そう。エイベックスが進むべき道を、

 

はっきり言葉で示そう。

 

そうしなければ、エイベックスはバラバラになる――。

 

松浦社長は会社が進むべき道を、

 

千葉塾の合宿や慶應義塾大学丸の内キャンパスでの授業や研修等で、

 

役員たちと徹底的に話し合いました。そうして生まれたのが、

 

「Really! Mad+Pure」(リアリー マッドアンドピュア)なのです。

 

 実を言うと当初は、「!」は「!?」であり、「+」は「and」でした。

 

それを現在のフレーズにするように提案したのが、

 

イギリス人クリエイティヴ・ディレクター/デザイナーのジョン・ワーウィッカー氏です。

 

 国際的なクリエイティヴ集団「Tomato」のクリエイティヴ・ディレクター/デザイナーであり、

 

ザ・ローリング・ストーンズをはじめ、さまざまなビッグアーティストと仕事をしてきたジョンは

 

、二〇世紀から二一世紀へと時代が変わるにつれ、

 

従来の音楽会社のビジネスの進め方に違和感を覚えるようになっていました。

 

「二〇世紀の音楽会社の経営は、あまりにもプロダクトに依存していたと思う。

 

音楽を『商品』と呼び、ユーザーとの感情的なつながりを重視してこなかった。

 

 ビジネスにおいてはロマンチックな考え方だというのは分かっている。

 

しかしテクノロジーの進化によって、インディーズのミュージシャンであっても

 

世界中の人に直接音楽を届けられるようになった。

 

『商品』を介さず、ユーザーとミュージシャンが直接つながれるようになったんだ。

 

これは大きな変革だと思う。

 

ただ、従来の音楽会社はこの変革に対応できていない」

 

 そんなとき、ジョンにエイベックスから仕事の打診がありました。

 

それは、企業理念の素案をもとに新理念を提案してほしいという依頼です。

 

「それで初めて松浦さんに会った。僕はすぐ彼のことが好きになったよ。

 

彼も音楽業界に変革を起こしたがっていて、

 

そのためには従来のやり方ではダメだと考えているのだという印象を受けた。

 

つまり、エイベックスを二一世紀型の音楽会社へ変えていこうとしていたんだ」

 

 

「Pure」だから「Mad」である。そんな企業こそが生き延びる。

 

 では、ジョンが考える、二一世紀型の音楽会社とはどのような会社なのだろう?

 

「ミュージシャンとユーザーが直接つながれば、

 

もはやユーザーが会社名を意識することはない。

 

そこにはただ人間のクリエイティヴィティがあるだけだ。

 

そんな状況で、どうエイベックスらしさをユーザーに伝えるか。

 

それはプロダクトをつくるだけでは無理で、

 

エイベックスがカルチャー(文化)を創出しなければならない。

 

 つまり、ユーザーに驚きを与えるということが必要だ。

 

『エイベックスはいつも僕らをワクワクさせてくれる』という期待感を持たせることができれば、

 

ユーザーはエイベックスという会社を特別な存在として感じるようになるだろう。

 

大きな会社でも、インディーズのレーベルのように自由に発想する。

 

僕なりに言えば、『大人であることを横において、子どもに戻って考える』ことができるのが、

 

二一世紀型の音楽会社なんだ」

 

 そうした考えは松浦社長とも共鳴するものがありました。

 

「特に『Mad and Pure』という考え方が刺さった。

 

エイベックスはこれだけ大きな会社なのに、アナーキーな精神がなければ、

 

今後は生き残っていけないと考えているわけだ。

 

それは素晴らしいと思う。

 

ただ、『!?』という疑問形でなく、『!』と宣言したほうが、理念として明確だ。

 

世界進出を目指す強い意志も示せる。

 

 あと僕が思うに、この場合のMadとPureはコインの表裏。

 

それは自分の子どもたちを見ていれば分かる。

 

彼らはPureであるがゆえに、ときおりMadに振る舞う(笑)。

 

でも、だから大人は子どもに驚かされ続けるんだ。

 

MadとPureは別々のものではなく、メビウスの輪のように、

 

Pureであることを追い求めればMadにたどり着く。

 

だから、MadとPureをより強固に結びつける意味を『+』の記号に込めて、

 

『Mad+Pure』を提案したんだ。

 

このイメージは、エイベックスが目指す二一世紀型の音楽会社にぴったりだ」

 

 このようにして「MadとPureのメビウスの輪」というイメージは、

 

エイベックスの未来を象徴するものとなりました。

 

 

実力が正当に評価される体制に。

 

 しかし〝純粋〟を表すPureはまだしも、

 

〝バカげている〟の意味を持つMadという言葉を企業理念として

 

公に採用するのは少々過激です。

 

そのため、企業理念を考える際の話し合いでも賛否両論あったと、

 

松浦社長は振り返ります。

 

「これから本格的に海外へ進出していこうというときに、

 

Madではイメージが悪いのではないかという意見もありました。

 

でも、そこで思い出したんです。

 

創業当時、僕らは『業界の常識はエイベックスの非常識』だと言っては

 

何度も挑戦を続け、絶対に無理だと思われていたことを実現してきました。

 

それがエイベックスの生い立ちです。

 

だから、あえて強い言葉を使うことで、創業時の気持ちを思い出してもらおうと考えました」

 

 では、「Really! Mad+Pure」を日本語で言い直すとしたら?

 

「『マジで? そんなことやっちゃうの?』かな。

 

でも、本当にやる。

 

それはユーザーに向けた宣言でもあるし、社員に向けたメッセージでもあります。

 

改革に関しても、僕が社長になってから中規模の改革は二回やっていて、

 

『またか』と感じる社員も多いかもしれない。

 

でも、年末に発表した構造改革案は、

 

なんとなく、社員の予想の範囲を超えられたんじゃないかと思っています。

 

この四月からは、縦割りの組織をやめ、

 

全社最適を前提としたグループ体制にします。

 

実力のある社員が年齢に関係なくどんどん活躍できる環境づくりに、

 

三六〇度評価を含めた評価制度の見直しに、働き方改革。すべて本当にやります」

 

 松浦社長がそれほどの強い想いを持って改革することを決めたのは、

 

社員が今のエイベックスに何を求めているのかを考え抜いた結果でした。

 

「それは端的に言えば、能力に見合った評価をしてほしいということ。

 

一見、当たり前のことですが、組織が複雑になっていると、

 

そんな当たり前のことに応えることすら難しい。

 

だから要望に応えられるだけの改革を行います。

 

新しい企業理念は僕らが自分たちで真剣に考えてつくったものです。

 

それだけに思い入れもあるし、行動に移す決意も固まっています。

 

理念が変わり、会社も変わる。

 

だからあなたも変わってほしいと、社員一人ひとりに伝えたいですね」

 

 

いざ、業界内にも前例のない大改革へ。

 

 新たな企業理念が決まった。業界的にも例のない、

 

事業を横断した組織の統合、再編成も行われる。

 

そして間もなく青山の新本社ビルが落成し、

 

フリーアドレスのオフィスやIT化の促進による多様な働き方も推奨していく。

 

あとは「Really! Mad+Pure」の精神が、どれだけ社員一人ひとりに浸透するか。

 

そこにエイベックスの未来がかかっていると松浦社長は言います。

 

「まずは、仕事に関係のない話題でもいいから、もっと上司が部下と会話してほしい。

 

今までのエイベックスは、『背中を見て学べ』というカルチャーだった。

 

しかし組織が複雑化しすぎた結果、

 

部下からは上司の背中が遠すぎて見えなくなっている。

 

上司と部下のコミュニケーションがなければ、

 

会社が一丸となったコラボレーションなど生まれようがない。

 

オフィスを移転することが、上司と部下だけでなく、

 

部署や組織の垣根も越えたコミュニケーションを促すきっかけになればいいと思っています。

 

今回の改革は、周りの音楽会社を見回しても前例のない大改革です。

 

しかし、エイベックスがより成長するために、間違いなく挑戦する価値はあります」