ひとと話していると耳にする、批判の声、そしてちょっと耳の痛い非難の声。
そんな日常は、人間関係にはつきないものですね。
そして、ときには、ひとの批判に敏感になってしまう自分がいたりする。
ましては、非難を浴びたときには、ここぞとばかりに、正義を振りかざす!!
非難のときには正義の象徴!ウルトラマンになってしまう、そんなことありませんか??
自己防衛、う~ん、わかります。
自己を否定されるようなことを言われたら、だれでも納得いかないですよね。
自然に反応してしまい、そこから生産的なコミュニケーションができるかどうかは、自分の懐の大きさ次第ですか。。
自分をクールオフして冷静に考える時間を整えて、正しい判断と対応をするためにも、リアクションの方法をある程度決めておくことは大事なことかもしれないですね。
そこで、大事なのが、ある程度の会話の型を習得すること。
そう、
そして、第一歩になるのが、だれでも知っている、
相手のことをまず、ひととおり聞いてみることだよね。
ここで、感情を抑える訓練だよね。
じっとコトバに耳を傾ける唯一の機会だよね。
だから、この一瞬に全身を注いで、ここだけは逃さず、相手の言い分をくまなく聞こう。
だって、最低限相手の言わんとしていることが十分に分からない限り、会話は成り立たないからね。
それは、そうだよね。
聞いてないのは、片目を閉じてキャッチボールの玉を受けようとしているもの。
相手が何投げてるか、よく分からないが自分のせいじゃ、もったいないよ。
そして、相手の言い分が終わったら、必ず言いたいコトバがあるよね。
それは、「・・・・・言ってくれて、ありがとう。」
これが、いわゆる、キャッチボールの玉が間違いなく自分のグローブに納まったのを相手が確認できる、唯一の安心さえるコトバだよね。
ああ、私のココロのボールを受け取ってくれた、大げさかもしれないけれど、でも少なからずともそう感じるものだよね。 だって、自分の立場だったら、そうじゃないかな?
そう、そして、間違いなく相手のコトバを受け取ったサインを相手に出したら、その次は、
そう、
「そうだよね、確かに・・・・に思うかもしれないね。。」
そんな感じのコトバでいい。
要は、理解を示すコトバのボールを投げてあげることだよね。
日本語じゃ、そうだよねでっていうのは、英語だと、I understand って感じかな。
アメリカ人の社会人のひとたちは、相手の批判や非難に対して返事をする良く使うコトバ。
I Understand. (理解しています)
こんな一言で、1クッション置いて、自分の言い分を言う。
上手なマナーだよね。
決して、 I agree (同意しています)まで、言わなくてもいい。
要は、あなたの言っていることを受け取る思いがありますってことの表現が、スムーズに会話を流していくための大事な鍵なんだよね。
そして、その後で、自分の言い分を言えばいんだから。
そして、もし、会話がヒートアップしてきたら、自分を見失うかもしれない、そんなとき、
助けになるかもしれないこんな思いを使うといいよ。
今話している相手にも子供のときがあったんだろうな。
そんな気持ちを感じながら、相手に接してみる。
そして、相手が子供だったときのようなイメージを感じられたら、
次は、相手が老人のように年を取ってしまった後のイメージをしてみよう。
それで、何か思いやる思いになる助けがでてくるかもしれない。
馬鹿みたいと思うかもしれないけれど、でも、話している相手は、結局は、同じように人間として、人生を過ごしてきた一人の人だってことは、同じだよね。
だから、自分の幼少時代を思い浮かべるかのような思いで、そして自分の老後を客観的に見るかのような思いで、一時的なイライラを抑えることのできるコツを練習するのも、自分にとってとても貴重なものだと思う。
北風と太陽じゃないけれど、ひとはリラックスできる相手に、ココロが開くものだから。
そんな心がけをもって、きょうもがんばっていきたいね!