4回目の抗がん剤治療。
この治療は1日目に数時間だけ大量のメトトレキサートを投与します。
その後はロイコボリンって薬で副作用を抑えるというか、

そんな感じで一週間かかります。

月曜日から始まって木曜日あたりから調子が悪くなり、まともに話せなくなってきました。

全身状態が良くないので、きつめのせん妄が出てました。

 

医師からの説明があり、

抗がん剤治療の副作用である骨髄抑制がかなり深刻なレベル。

ここで、万が一急変した時の対処法を聞かれました。

「昇圧剤は使ってよいか」「気管挿管はしてよいか」「心臓マッサージをするか」

この3つはどれも使わなければいけない状況で使わないでいるとそのまま死亡してしまうっていう

いわゆる延命処置です。

 

この時、白血球は400まで下がりました。その中でもナチュラルキラー細胞はほぼ壊滅状態。

これは本来なら体内にいる菌にも感染してしまうような状態。もちろん面会制限もかかりました。

骨髄抑制は二週間ほどで自然に元に戻ってくるはずが3週間以上白血球が少なすぎる状態でした。

そこでついに恐れていた事態になります。

 

免疫は正常に働いておらず、敗血症になってしまいました。

全身の臓器が感染し、見た目からでも「これはもう駄目なんじゃないか」と思うしかないような状態にまでなりました。

うわ言をたまに言うくらいで意識は朦朧としていて、身体も全く動かない。

いつ全身ショックで急変するか・・・って状態が一週間くらい続きました。

 

そんな中、急に血液の状態が良くなり始めてあっという間に正常値になったんです。

骨髄抑制からやっと立ち直ったとともに敗血症も治りました。

こうなると急激に元気になります。

普通に話せるし意識もはっきりしてる、手振りもできる。

 

俺は、
もう抗がん剤は中止して後は直近のダメージ回復待ちながらリハビリして退院させて
あとは通院で腫瘍が大きくならないように維持、様子みながら暮らそうと思いました。
でも、その希望は叶う事はありませんでした。

元気になって三日目の夜中、病院から気管挿管をする旨の連絡がありました。
突然、母の容態が急変したんです。急転直下、死にかけです。

ダッシュで病院に駆けつけた時は
俺の声に反応してたし手も動いた。意識はあった。頷いたから反応はした。
看護師に聞いてもどういう状況が教えてくれません。医師じゃないと無理とか。

でもモニターを見てみると、脈は50台、血圧は測定不能です。
気管挿管、昇圧剤は最大限。見た瞬間に原因はどうあれ「これはアカン」って思いました。
同時にヘパリンを投与されてて「あれ?なんでヘパリン?」とは思いました。
その朝、そのまま母は逝ってしまいました。
 

深部静脈血栓症の血栓が肺に流れて行って詰まってしまった。手のほどこしようがない。

肺塞栓症でした。

 

抗がん剤治療を耐えて

重篤な副作用を乗り越え、

敗血症まで乗り越えたのに

エコノミークラス症候群にサクッとトドメ刺された。

 

エコノミークラス症候群もかなりやばい症状なのは分かるけど、

これで逝ってしまうのは正直青天の霹靂でした。