邪教などは、みんなうまい事を言って、金を巻き上げ、教祖のために、
教団の勢力のために、
それも本当に人々を救えるならば許せるけれども、
全部が地獄に落ち、民衆が教祖にだまされ、そして教祖は立派な家ばかりつくり、
民衆は最後には乞食みたいになってしまう。
これが、邪宗教の姿です。
創価学会としては、永久に皆さん方から、ただの一銭も寄付を願ったり、
供養を願うようなことはいたしません。
(池田大作) 1962年(昭和37年)6/16聖教新聞
そうですか、じゃあ今の学会財務の体制は何ですか、
自語相違も甚だしいではありませんか?
更に財務マニュアルてなもんを見つけました。
一、地区部長は少なくとも十万円以上をすべきである。そうしない幹部は個人指導せよ。
一、現在持っている預貯金全部を出すのは当たり前だ。それにどれ程上乗せするかが信心の戦いだ。
一、各支部で十万円以上出す人を二十人以上作れ。
一、一口、二口しか出さない人は信心がない証拠だ。
一、支部内で百万円以上の大口を何人作るかが、支部長、婦人部長の戦いだ。
一、個人指導、家庭指導で三口以下の財務部員がいないようにする。
会員の信仰心を利用し信心の戦いだなどとぬかしてますが要するに金を出せって
事ですね、金額の多可で功徳は決まるんでしょうか?家族の為に使った方がよっぽど
有意義なお金の使い方じゃないでしょうか
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