立正安国論 | 祈りとして叶はざるなく

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日蓮正宗法華講壮年部による反創価学会、反日、ブログ更新

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日蓮大聖人は立正安国論に

   『国を失ひ家を滅せば何れの所にか世を遁(のが)れん。汝須く一身の安堵を思はゞ先ず四表の静謐(せいひつ)を祈るべきものか。』

と、先ず社会全体の治安と人心の安定を実現しなくては、我が身の安穏を思っても叶わないという道理を説かれ、そのためには

   『哀れなるかな愚侶迷惑の麁語(そご)に随ふこと。早く天下の静謐(せいひつ)を思はゞ須(すべから)く国中の謗法を断つべし。』

と、天下泰平を願うならば邪法邪師の邪義すなわち邪宗教を断たねばならないと断言されている。

立正安国論の立正とは即ち本門戒壇の大御
本尊を立て、大聖人から血脈を相承された倪下に信伏随順して日々の信心を行ってまいると言う意味あいだと考えます。

柱が傾けば家屋は倒れ、船が沈めば乗員は皆溺れるのである。この道理は、時代によって変化するものではない。

池田創価学会の度重なる宗門倪下攻撃は大聖人の教えに相違する大謗法行為で上記通解のとおりで
あるとやっと気付き私は脱会する事ができました。

「汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ」です。