日蓮宗大聖人は御書の中で
一代の肝心は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢・穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ。
と仰せのように仏法は人の行動そのものを説かれたものです。つまり私たちの日々の言動が、そのまま釈尊の出世の本懐である法華経を体現していくことになり、世人としての振る舞いそのものが、仏法を行ずることとなるとのお示しですから、ここに「世法即仏法」「仏法即世法」の要諦が示されるのです。
切り文&通解もコピペで申し訳ありませんが、事実をねじ曲げ御法主上人猊下を誹謗する学会はすでに仏法から外れた存在であり、学会のみならず宗門においても互いに罵りあうことは法を下げる事になります。(-_-;)