※ネタバレ注意です!
今年もサンタは来ませんでした、マックスです。
最近は、映画『エクス・マキナ』を観ました。
世界的検索エンジンを持つIT企業に勤めるケイレブと、
極秘に人工知能の開発を進めていた社長ネイサン、
そして彼の作り出した人工知能「エヴァ」の物語。
ケイレブは人工知能を人間として認識できるかのテストを依頼され、
エヴァとの対話を繰り返していくうちに、
彼女に対して特別な思いを抱くようになっていきます。
はっきり言ってしまいますが、衝撃のラストでした。
ケイレブにとってはもちろん、視聴者にとっても「衝撃」というのが、
映画として面白いなあ、と思いました。
いや、しかし最後のエヴァの行動が、
機械としての行動なのか、人間としての行動なのか、
という疑問がどうも頭を離れてくれません。
それで、思い切って書いてしまおうと思ったわけです。
基本的に『エクス・マキナ』は、ケイレブに共感できるように演出されています。
もちろん、ケイレブの目が届かないところも映されてはいるので
あくまで三人称的な視点になりますが、
それでもかなり限定的な三人称視点だと思います。
社長ネイサンの説明によれば、ケイレブを誘惑したのもAIとしての行動だといいますが、
服を選んでいるエヴァの様子は、オルゴールの音も相まって
まるで少女であるかのように人間らしく映りました。
最後の行動を起こす前に身なりを整えていた姿を見ても、
ラストシーンを見ても、どうもエヴァにとって人間世界が
「憧れ」だったことは間違いないんじゃないかと思います。
それは機械の「目標」だとか「狙い」とは違う、人間的なものだったと思う。
うーん、ケイレブに感情移入しすぎたのかな……
1回観ただけなので、分析的な見方は正直全くしていないまま書いているので、
ずばり製作者の狙い通りに映画を観せられた、という感じになるのでしょうか。
三人称視点のカメラワークが、単純な客観視点ではないことは確かでしょう。
明らかに登場人物の誰かの感情を投影している。
それがケイレブに「限定」されているのか、
あるいは「全知」的な側面も持ちうる視点として
エヴァの心も映しているのか……。
と、いうことを言いたくなっただけです、はい(笑)
メリークリスマス。ではまた!ヾ( ´▽`)ノ
