その生物学者は、
ある動物についての研究にその人生を捧げて来た。
彼が研究しているのはイルカ。
彼の夢はいつかイルカと会話をすること。
幼き日に観た映画、イルカと会話する少年、
その光景がいまだ彼の老いた脳裏に焼きついて離れない。
若き日に引き取った生まれて間もないイルカ、
マンツーマンによる献身は20余年にも渡る。
彼がイルカ研究の第一人者と呼ばれるまでの道のり、
それは決して平坦なものではなかった。
雲を掴むような研究、イルカと話せて何の興業になろう。
彼の支援に名乗りをあげるスポンサーはいなかった。
爪に火を灯すような極貧生活。
彼を夢想家と嘲笑う同業者たち。
しかしそれらの苦労でさえも、
彼の溢れ出る情熱の火を消すことは出来なかった。
そしてついに機は満ちた。
彼がイルカと話す時がやって来た。
20余年に渡るマンツーマン、
彼のイルカは100以上の名詞、30近くの動詞を覚えていた。
もちろん、それだけでは駄目なことも分かっていた。
彼はイルカにごく簡単な数通りの文法も教えていた。
さあ聞かせてくれ!
君の言葉を、その心の内を、その声で僕の耳に発してくれ!
キキー、キ、キ、キーキ、
キキ、キキキー、キ、キキ、キーキー
「あなた…覚える…言葉…早く…
私…待つ…長く…私…怒る…」
彼のイルカは言った。
「あなた早く言葉を覚えてよ。私待ちくたびれた、怒るわよ」