【妄想劇場】 ソイツ

オレは笑ったことが無い。
いや、嘘だ。多分笑ったことはある。
でもそれがいつだったかもう忘れた。
もう作り笑いも面倒くさくなった。

オレは生まれてからずっとついてない。
このままじゃいけない、何かしなくては。
そして何か思いつくと、必ず失敗と後悔に終わる。
要は何も思いつかなければいいのだ。



そんなある日、オレはソイツと出遭った。
いや、出遭ったと言うと語弊がある。
ソイツはオレのことを知らないからだ。
どこまでもムカつく野郎だった。

ソイツは本当に嬉しそうに笑いやがる。
あんな風に笑えるのは、苦労を何も知らないからだ。
あの笑顔を見ていると、どうしようも無く惨めになる。
オレの苦労を分からせてやりたい。

ソイツの嬉しそうな笑顔は、
人まで笑顔にさせるらしい。
だからソイツの周りには自然と人が集まった。
ソイツの周りには常に笑顔が絶えなかった。

どこまでもいけ好かない野郎だ。
そう思いながらも、オレはソイツに惹かれていった。
あんな風に笑っていられたら。
あんな風に生きていけたなら。



オレはオレであることに疲れ果てた。
オレとして生きていくことに疲れ果てた。
出来ればソイツとして生きていきたい。
だから何もかも譲り渡すことにした。

ソイツはオレの中のもう一人のオレ。
今日からソイツがオレの主人格だ。