【妄想劇場】 ごく普通 | まきしま日記~イルカは空想家~

まきしま日記~イルカは空想家~

ちゃんと自分にお疲れさま。

「おう、久しぶり」
「悪い悪い、学会で遅くなった」

「お前、随分老け込んだな」
「ははは…お前に言われたくはねえな」

「今どんな研究してるんだ」
「ん?そうだな…
たとえば1から1億までの素数を順に並べていくと…
要するにつまらん研究だよ」

「ははは…さっぱり分からん。
さすが東大の名誉教授様だ」
「お前の方はどうなんだよ?」

「俺か?俺の方は来春、無事定年退職だ」
「そうか、それはお疲れ」

「ああ、俺の平々凡々な人生も、
何事もなく平々凡々に終了ってこった」
「この世に平凡な人生なんてあるもんか」

「ははは…東大の教授様に言われても説得力ねえな」
「……」

「ごく普通の大学に行って、ごく普通の会社に入って
特に美人でもない妻とごく普通の家庭を築き、
子供たちもごく普通に育って自立、
後はごく普通に死ぬのを待つだけってか」
「……」

「10人いたら9人が選びそうな分かれ道、
そんな道を歩き続けてるうちに、
気がついたら今に至るって訳さ」
「……」

「……」
「……」

「……」
「お前、面白いことを言うな」

「何がよ?」
「”10人中9人が選びそうな道を選択すること”
それがお前の言う”ごく普通”か?」

「ああ、そうだけど」
「お前これまで、人生の中で何回選択したよ?」

「さあ…数え切れるかよ」
「”10人中9人が選ぶ選択肢”、
それを選択出来る確率は90%だな」

「それがどうしたよ?」
「じゃあ”10人中9人が選ぶ選択肢”
これを10回続けて選べる確率は34%、
20回続けて選べる確率は12%、
これが50回になると0.63%、100回だと0.00017%…」

「わあ、訳分からん!
頭痛くなりそうだ、勘弁してくれ…」
「要するにお前が”ごく普通”って呼んでる人生、
それがいかに希少で貴重かと言うことだよ」

「……」
「たとえばある朝会社に出勤、事故に遭わなかった。
子供が熱を出したが、大事には至らなかった。
妻と喧嘩、離婚にはならなかった。
お前が人間ドックを受けて、異常なしだった。
”10人中9人にとっての当たり前”、
その積み重ねがいかに希少で難しいことか…」

「…そんなもんかな?」
「お前の人生は望んで得難いものだったんだよ。
…少なくとも数学的にはね」

「そっかあ…」
「……」

「……」
「……」

「……」
「…ああ、悪い、そろそろ暇乞いしないと」

「なんだ?明日朝でも早いのか?」
「ああ、明日はマサチューセッツで講演だ」

「ははは…そりゃ10人中10人が選ばねえや。
やっぱりお前は天才だよ」
「……」