【妄想劇場】 赤い空 | まきしま日記~イルカは空想家~

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ちゃんと自分にお疲れさま。

「赤い空…」
それがその子が初めて口にした言葉だった。

母親は何のことかさっぱり分からなかった。
「そうだねえ、夕焼けがきれいだねえ」



「赤い空が…赤い空が…」
1歳になり、2歳の誕生日を迎えても、
その子は口癖のようにそう繰り返した。

時にその子はひどく夜泣きした。
「大丈夫?どうしたの?」
「あのね、赤い空が迫ってくるの…」



両親はその子を、ある心理学者に診せた。
その若き心理学者は、前世の記憶の研究に啓発的であった。

「さあ、落ち着いて話してごらん。
赤い空がどうしたんだい?」
「あのね、赤い空が迫ってきて、
みんなお船で宇宙に逃げちゃったの…」

赤い空?
それが何を意味するのか、その心理学者にも分からなかった。
しかしその子は心理学者の問いに対し、全て矛盾無く答えた。
間違いない、これは前世の記憶だ。

しかし、それはおおよそ地球のものではない。
宇宙のどこか――
高度に科学技術が発達したある恒星系での記憶であろう。
恐らく何らかの天変地異によって、
その星の文明は終焉を迎えたのだ。



それはとんでもない発見であると同時に、
とんでもない脅威でもあった。
宇宙に逃れたというその種族の末裔、
彼らは新たな母星を求め、地球にやって来るのであろうか?

到底地球の科学技術が及ぶ相手ではない。
何十年後?何百年後?いや、もしかしたら明日?
地球が彼らの襲来に備えるのに、
一体どれだけの準備期間が残されているのであろうか?



50億年後、
極限まで発達した地球の科学技術も、
太陽の終焉を止めることは出来なかった。

赤色膨張した太陽は、空一面を覆う巨大な赤い塊となって、
人類の文明ごと地球を飲み込んだ。



かの心理学者の見解は正しかった。
やはりあの子の記憶は、前世のものであったのだ。

しかしキリスト教徒であった彼は、
仏教の「大循環時間」を知らなかった。
もっとも知っていたところで、
数十億年後の地球の惨劇を食い止める術はなかったであろうが。