樹海に来てしまった。
携帯や財布はもちろん、
食べ物も水も寒さを凌ぐ上着も持たずに樹海に入る。
それがどういうことかぐらい分かっていた。
もちろん、私はその覚悟で来たのだ。
どんどん樹海の中を進んでいく。
まだ引き返せる。だからさらに進む。
まだ帰り道が分かる。だからさらに進む。
しばらく行くと、森の中に泉があった。
きれい…。
さざ波ひとつない静かな水面は、
吸い込まれそうなほど透明な水を満々とたたえていた。
ここがいい、ここにしよう。
私は泉のほとりに腰を下ろした。
その時である。
ゴボッ、ゴボゴボゴボ…。
泉の静寂を破って、
水の中から白い布をまとった青年が現れた。
「あなたの落としたのは金の斧ですか?」
「は?」
「だから、あなたの落としたのは金の斧ですか?」
「ちょっ…アンタ誰よ?」
「え…?僕ですか?泉の精ですけど…」
「どっからどう見てもそうよね。聞いた私が馬鹿だったわ」
「で、あなたの落としたのは金の斧ですか?」
「違いますけど」
「ではあなたの落としたのは銀の斧ですか?」
「違います」
「ではあなたの落としたのは…」
「鉄の斧でもありません!」
「ええ、そんなぁ…」
「アンタ、時代錯誤もはなはだしいわよ」
「これじゃ話と違うよ…」
「そもそも泉の精って男だっけ?」
「これじゃ僕の仕事がなくなっちゃう…」
「知ったこっちゃないわよ」
「…じゃあ…あなたの落としたのはこれですか?」
え…?なんで…?
それは別れた彼氏にもらった指輪だった。
「…いえ、違います」
「じゃあ、あなたの落としたのはこれですか?」
それは、高校の時友達と撮ったプリクラだった。
「…いえ、違います」
「じゃあ、あなたの落としたのはこれですか?」
それは、死んだお婆ちゃんがくれたおはじきだった。
「…いえ、違います」
「じゃあ、あなたの落としたのはこれですか?」
それは、幼稚園の時初めて描いたお母さんの似顔絵だった。
「…いえ、違います」
「弱ったなぁ…」
「…あの、あなたは一体…」
「あなたは何一つ落としていない。
なのにこんな所に来るなんて…」
「……」
「じゃあ、あなたの落としたのはこれですか?」
泉の精が持っていたのは大きな鏡だった。
鏡には私が映っていた。
私…こんなに悲しそうな顔してたんだ…。
「あなたの落としたのはこれですか?」
「いえ、落としてません。
でも危うく落とすところでした」
「そうですか。それは良かった」
「あの…私、帰ります。
何だか良く分からないけど、ありがとうございました」
私はもと来た道へと向き直った。
ふと振り返ると、
そこには泉は無かった。
携帯や財布はもちろん、
食べ物も水も寒さを凌ぐ上着も持たずに樹海に入る。
それがどういうことかぐらい分かっていた。
もちろん、私はその覚悟で来たのだ。
どんどん樹海の中を進んでいく。
まだ引き返せる。だからさらに進む。
まだ帰り道が分かる。だからさらに進む。
しばらく行くと、森の中に泉があった。
きれい…。
さざ波ひとつない静かな水面は、
吸い込まれそうなほど透明な水を満々とたたえていた。
ここがいい、ここにしよう。
私は泉のほとりに腰を下ろした。
その時である。
ゴボッ、ゴボゴボゴボ…。
泉の静寂を破って、
水の中から白い布をまとった青年が現れた。
「あなたの落としたのは金の斧ですか?」
「は?」
「だから、あなたの落としたのは金の斧ですか?」
「ちょっ…アンタ誰よ?」
「え…?僕ですか?泉の精ですけど…」
「どっからどう見てもそうよね。聞いた私が馬鹿だったわ」
「で、あなたの落としたのは金の斧ですか?」
「違いますけど」
「ではあなたの落としたのは銀の斧ですか?」
「違います」
「ではあなたの落としたのは…」
「鉄の斧でもありません!」
「ええ、そんなぁ…」
「アンタ、時代錯誤もはなはだしいわよ」
「これじゃ話と違うよ…」
「そもそも泉の精って男だっけ?」
「これじゃ僕の仕事がなくなっちゃう…」
「知ったこっちゃないわよ」
「…じゃあ…あなたの落としたのはこれですか?」
え…?なんで…?
それは別れた彼氏にもらった指輪だった。
「…いえ、違います」
「じゃあ、あなたの落としたのはこれですか?」
それは、高校の時友達と撮ったプリクラだった。
「…いえ、違います」
「じゃあ、あなたの落としたのはこれですか?」
それは、死んだお婆ちゃんがくれたおはじきだった。
「…いえ、違います」
「じゃあ、あなたの落としたのはこれですか?」
それは、幼稚園の時初めて描いたお母さんの似顔絵だった。
「…いえ、違います」
「弱ったなぁ…」
「…あの、あなたは一体…」
「あなたは何一つ落としていない。
なのにこんな所に来るなんて…」
「……」
「じゃあ、あなたの落としたのはこれですか?」
泉の精が持っていたのは大きな鏡だった。
鏡には私が映っていた。
私…こんなに悲しそうな顔してたんだ…。
「あなたの落としたのはこれですか?」
「いえ、落としてません。
でも危うく落とすところでした」
「そうですか。それは良かった」
「あの…私、帰ります。
何だか良く分からないけど、ありがとうございました」
私はもと来た道へと向き直った。
ふと振り返ると、
そこには泉は無かった。