【妄想劇場】 2008年10月6日 | まきしま日記~イルカは空想家~

まきしま日記~イルカは空想家~

ちゃんと自分にお疲れさま。

2005年5月19日、
私はタカシと別れた。

その時から、
私の心の中で、時間は止まってしまった。

私の部屋のカレンダーは、
今でも2005年5月のまま。

5月19日の欄には、
赤ペンで『タカシとデート』と書かれたまま、
翌日以降は何も記されていない。




そう言えば、今日は何日だろう?
ふとそんなことが気になり、私は携帯を開いた。
「2008年…10月6日か…」

その時だった。
ピンポーン
ふいにドアのチャイムが鳴った。

「はーい」
私がドアを開けると、
そこには不思議な老人が立っていた。

「あの、どちら様でしょう?」
私が問いかけると、その老人は、
「私はカレンダー商人でございます」




「カレンダーなら間に合ってます!」
私はそう言いたかったのだが、
考えてみたら、
私の部屋には今年のカレンダーが無かった。

「じゃあ、おひとつ下さい」
「ではまず、こちらをお使いください」
そう言って、老人は2005年のカレンダーを差し出した。

何?からかってるの?
「あの、これは…」
「このカレンダーに、あなたの思い出をお書き込みください」

何なの、この人?
私は不審に思いながらも、
ただ、言われるがままに、
5月19日の欄に『タカシと別れた日』と書き込んだ。




気がつくと、
私は電気もつけずに真っ暗な部屋に座り込んでいた。

そう、思い出した、
今日は2005年5月19日、
まさにたった今、タカシとケンカして別れてきたんだ。

一体何が起こったの?
私は強い困惑にかられたが、
それ以上に、ある想いが心の底の方から湧き上がって来た。

そう、私にはどうしてもやりたかったことがある。
私はおもむろに5月23日の欄に、
『タカシと会う』と書き込んだ。




次の瞬間、
私は公園でタカシと向き合っていた。

私は言ってやった。
アンタなんて最初から遊びだったって!
アンタの代わりなんていくらでもいるんだって!

タカシはとても悲しい顔をしていた。
ざまーみろ!と思った。
3年間、私の心の中でモヤモヤとつっかえていたものが、
スーッと流れていったような気がした。




2005年7月1日、
私は、高校のクラスメートのジュン君と偶然再会した。
もちろんそれも、私がカレンダーに書き込んだことだった。

私たちは何度も会うようになり、
やがて付き合うようになった。
私はとても幸せだった。
クリスマスも大晦日も、
ずっとジュン君と一緒に過ごした。




大晦日が明けると、
私は家の玄関に立っていた。
そうだ、2005年が終わった、
私は2008年10月6日に戻ってきたんだ。

老人が私に問いかけた。
「2005年はいかがでしたか?」
私は言った。
「2006年、2007年、2008年のカレンダーをください!」




私とジュン君の交際はとても順調だった。
いっぱい旅行に行って、いっぱい美味しいもの食べて、
私がカレンダーに書き込んだ通りに、
思い出が重なっていった。

でも、
私が結婚の話をちらつかせると、
とたんにジュン君はよそよそしくなっていった。

電話をしても出てくれない。
メールを送っても返ってこない。

そして2008年秋、
ジュン君が私に、
「ごめん!好きな人が出来たんだ、別れてくれ」
こうして私たちは終わった。




「カレンダーはお気に召しましたか?」
私は老人に言った。
「もう一回、2005年、2006年、2007年、2008年のカレンダーをください!」




今度は私は年上の商社マンと付き合った。
彼はとてもお金持ちで、
私を海外のいろんな所に連れてってくれたり、
見たこともないような豪華なプレゼントをくれたり、
いつでも私を喜ばせてくれた。

そして2007年秋、
彼は私に言った。
「僕と結婚してくれないか」
もちろん!断る理由なんてどこにもなかった!

でも、
結婚してから彼は豹変した。
彼はとても冷たく、そして怒りっぽい人だった。
私たちの夫婦仲はどんどん冷めていった。




そして2008年10月6日、
あの老人が私の前に現れた。
「カレンダーはいかがでしたか?奥様」

私は言った。
「もう一度2005年のカレンダーをください」




その後、私はいろんな人と付き合った。

海外の大富豪とも付き合ったし、
芸能人とも何人も付き合った。

でも必ず、最後は失敗に終わるのだ。
そのたびに、私の中に虚しさが募っていった。

ばかみたい!ばかみたい!
ここは一体いつなの?
私は何をやってるの?




「すっかりカレンダーがお気に召されたようですね」
そういって老人から手渡されたカレンダーを見て、
私はあることに気付いた。

そこには、
2009年発行と書かれていたのだ!

その前にもらったカレンダーには2010年発行、
その前にもらったカレンダーには2011年発行…

私は一番初めにもらった2005年のカレンダーを見てみた。
そこには2059年発行と書かれていた。




「2059年のカレンダーをください!」
私は老人に言った。
「お客様、それはご覧にならない方が…」
「いいんです!ください!」




ここはどこだろう…?
葬儀場?
私は誰かの告別式を、空中から眺めていた。

そして棺の中にいたのは…
年老いた私だったのだ!
私は今、
2059年の私の葬式を見てるのだ…!!




「お客様…お客様…」
気がつくと、私の目の前に老人が立っていた。
「お気づきになられましたか?」

「お客様…次のカレンダーがお渡し出来る最後になりますが…」
「ええ…分かってます」
私は知っていた。
私が私に与えられた時間を使い切ってしまったことを。

「2008年のカレンダーをください!」
手渡されたのは、2008年発行の2008年のカレンダーだった。
そしてそのカレンダーは、10月6日で途切れていた。

私がやり残したことは、もうひとつしかなかった。
私は10月5日の欄に、
『タカシと会う』と書き込んだ。




私の目の前には、タカシが立っていた。

私は泣きそうになるのをがまんして、
ずっと伝えたかったことを全部言った。
別れてからもずーっと好きだったって。
忘れたことなんて一度もない、
ずーっとずーっと好きだったって。

言い終わったら、涙が出てきた。
涙がどんどん溢れて、止まらなかった。
タカシは何も言わずに、私を抱きしめてくれた。
何も言わずに私を抱きしめて、一緒に泣いてくれた。
私と一緒に泣いてくれた。

それから私たちは、
たくさんたくさん、お喋りした。
たくさんたくさん、キスもした。
それから、それから…
私はとても幸せだった。
初めて本当に幸せだった。

タカシは、また来週も会おうねって言ってくれた。
再来週もその次もずっと会おうねって言ってくれた。
その約束が決して果たされることはないことを、私は知っていた。
でも忘れないよ、タカシ。
ずっとずっと忘れない…




翌朝、カレンダー商人の老人が訪ねてきた。
老人は、とても優しい表情で私を見つめた。
「ご満足いただけましたか?」

「はい、本当に幸せな人生でした」
そう言い終ると、目の前の老人がかすんで、
すーっと意識が遠のいていった…




2008年10月6日、
私は死んだ。