4.「開発」が「破壊」にならないために

この本を読んで衝撃だったのは、私が職場で取り組んでいる「開発援助」の「開発」が一方間違うと簡単に「破壊」になってしまう、という怖さです。

こちらが良かれと思って田んぼを整備したり、水路を作ったり、新しい作物を奨励したり、病院を建てたり、道路を作ったり・・・することが、現地の人々にとってはプラスではなくマイナスにもなりえるということ。

それは現地のニーズをいくら吸い取っても100%になることはあり得ません。それは仕事をしながら分かっていたことです。何か手を加えるということは何かを失うということであり、天秤にかけながら「より」良いものを一緒に考えていくことが求められます。でも、その裏には「破壊」があり、紙一重の関係である、あまりにも簡単に「破壊」に取替ってしまう、ということを頭に入れて仕事をしていかなくてはと思いました。



5.私たちの生活が世界を変える。

例えば、・印刷はできるだけしない、・チョコレートはフェアトレード商品を買う、・ミネラルウォーターを買わず、家からお茶を持参する、・洗剤の量を極力減らす

これらを明日からやろう、と声をかけられるとどうでしょうか。
世界の現状は分かった。確かに何かできることはやりたい。と思うかもしれません。一方で、ちょっと知っただけでは実感がないし、自分一人がそうしたって変わる実感がない。いざ実行しようとすると何か窮屈だな、そんな気がするかもしれません。
日本でアフリカの子どもたちと同じ(貧乏な)生活をしろと言われても、できっこありません。私も急にエコ生活が身に着いたわけではなく、大学生の時から自分のやれることとやれないことの線をどこでひけばいいのか、ずーっと悩んできました。今でも分からない。


今、自身が思うのは、一人ひとりの行動は1円玉を貯めることと同じだ、ということです。
ずっと続けていると何で私こんなことやってるんだろう、何になるんだろう…と目的を失いがちになります。でも1円玉も何年も貯め続ければいつか容器いっぱいになるはずです。1円玉がいつか天井に着いた時、初めてその積み重ねの大きさを知ることができるかもしれません。
1円玉は簡単にたまりません。一気にたまることもありません。だからこそ、日々の小さな積み重ねを大事にして生きていきたい。

蛇足ですが、これは私が幸せに対して思う気持ちと同じです。大きな幸せよりも小さな幸せを積み重ねていくことの方がずっとリッチだと思っています。大きな成功を収めたい、大きな幸せを得たいと思うのは野心的でかっこいいですが、平凡でも毎日家族でご飯を囲む幸せ、友達とたわいのない話で笑う幸せ、そんな小さくて安定的な幸せを大切にしたいです。


周りの友達や仲間にも、できることが一つでもあれば、それで十分、続けてほしいなと思います。できれば、楽しんで。



6.おわりに

この本「世界から貧しさをなくす30の方法」は私が何でこんなに節約やエコにいそしんでいるのか改めて再考する機会をくれました。やること自体が目的になってしまい、もとにあった想いをすっかり忘れてしまっていました。

やっぱりやってきてよかった。
そしてこれからも小さくでも確実に続けていこう、そう思うきっかけになりました。

できることから始めよう。


半歩でいい、できることを確実に。



使わない脳みそ開いて再考すれば
もとある思いに心温か 。


~終わり~
3.なぜ私はそこまでやるのか。~世の中の本当に起こっていること~

小学校の時に知った世界の環境問題。そして世界が平和になるために社会の中で何ができるのかの長年の問いかけ。そして大学生の時に出会った福岡のNGOの仲間が教えてくれた「自分にできること」。

冒頭にも書いた通り、私はNGOの勉強会で世界の現状を多く目の当たりにしました。それを最近読んだ本「世界から貧しさをなくす30の方法」が思い出させてくれました。

なぜ私はそこまでエコな暮らしを求めるのか。

その答えは

世界で起きていることが私たちとつながっている

そのことを認識する事から始まります。
今回改めて「自分たちさえ心地よければいい」自分を見つめる機会をもらいました。

今世界で起こっていることの一部を、「世界から貧しさをなくす30の方法」を参考に紹介しようと思います。



①森を破壊しているのは私たち

私たちはどれだけパソコンの印刷で紙を使っているか、職場で、学校で、家で…。

日本の紙使用全体の60%がOA紙、本、カタログノートなどだそうです。紙に使われる木材チップの世界貿易量の7割を日本が輸入して使っているんだとか。
その輸出している国々の森は急激に荒れていっています。コピー紙に使われる木はタイ、パプアニューギニアではユーカリの木が原料となっています。もともと自給自足の生活をしていたタイのイサーン地方の農民に政府や企業が誘致し、その土地は食料から輸出用のユーカリの土地に変わっていきました。もちろん自給自足の生活はできなくなり、強制退去をさせられた人たちもタイ国内に何万人といます。しかも数年後、土の栄養が吸収され土地がやせてしまい、自家用植物は育たない土地になってしまいました。ユーカリも水が必要ですが、水が枯れて深い井戸を掘らないと十分育たなくなってしまったのだそうです。
日本で大きな需要がある限り、途上国のプランテーションは拡大する一方です。土地がやせればその土地での栽培ができなくなり、企業はそこを捨て、別の土地へと移っていきます。残された土地は痩せて元通りにもどらない。戻すための資金も不足している、そんな中で何万人の途上国の農民が犠牲になっているか、環境がどれだけ破壊されているのでしょうか。



②奴隷になった子どもが作るチョコレート

私も大好きなチョコレート、チョコ好きの人は多いと思います。そのカカオが作られている西アフリカでは、子ども25万人がカカオ農園で働いているそうです。それもタダ同然の賃金で。なぜ、タダ同然なのでしょうか。単に農場主が子どもに意地悪なのでしょうか。

なぜタダ同然の賃金しか払わないかというと、中間業者がカカオを安く買いたたくからです。そして企業に高く売って利益を得ています。価格競争が激しい中で、末端の農家には利益がこない仕組みになってしまっています。
農家は経営を成り立たせるための選択として、安く働いてくれる子どもを人身売買で買い(15ドルほど)、子どもは故郷に帰られないような状況が西アフリカで起きています。
日本で100円ほどだせば買えるチョコレートの背景にはこのようなアフリカでの子どもたちの労働があるのだそうです。





③水戦争

バーチャル・ウォーターという言葉を聞いたことがありますか?
日本語に訳すと「仮想水」、輸入品に使用された水の量を示します。

たとえば、牛肉を輸入した場合、牛を育てるために穀物が必要です。穀物を育てるためには水が必要。その水を間接的に輸入している、ということになるのです。わずか100gの肉で2トンの水が輸入されていることになるんだそう。日本にはバーチャルウォーターとして8000万人分以上の水が輸入されています。
かたや、世界では水不足が深刻です。綿花を栽培しているアラル海では海が6割も小さくなったそうです。コカコーラ社は1リットルの生産のために水9リットルを必要とし、260の井戸が枯渇、地下45メートルから150メートルにまで掘り下げているそうです。
水道の民営化により、インドでは経営が悪くなり民家の水道から水が出なくなったそうです。

私たちがよく見かけるミネラルウォーターも多くを輸入していますが、その価格は水道水の1400倍。そこまで高いお金をかけて輸入・販売しているのです。輸入元では地元の人が飲むより企業に売ったほうが儲かる。となると、いつか水が枯渇すれば地元の人に優先的に水が回ることが難しくなるでしょう。日本のようなお金持ちが得する仕組みです。
地球規模で見ると世界は水不足なので、水の奪い合いはいつか戦争になると言われています。



④環境に優しいヤシの実洗剤

洗剤のCMで「手に優しい」「植物生まれ100%」と良く聞きます。日本企業が良かれ?と大量に輸入しているヤシ油。そして私たち多くも「良いんだ」と思って使っている洗剤。そのヤシ畑で起きていることをご存知でしょうか。
マレー半島に行くと地平線までずっとプランテーションが広がっています。ヤシプランテーションの規模は最低3000ヘクタールあるといわれています。
もともと自分たちが食べるものを作っていた土地が、100年間の歴史の中で食べられないものに代えられました。そしてその土地では強力な農薬によって人も土地も環境も荒れ果てています。
女性労働者50人に調査したところ健康に異常のない女性は2名しかいなかった、というような報告の有様です。

そんなモノカルチャー・単一作物栽培を続けて環境破壊を進めているヤシのプランテーションがはたして「地球にやさしい」と言えるでしょうか。台所洗剤が近くの川にとって優しいとしても、ヤシ畑になった土地の環境を考えると簡単に「地球にやさしい」とはいえないでしょう。



⑤富の私物化

今の世界の物流は少数の多国籍企業がその多くの富を得ていると言われています。
プランテーションを進めてお金持ちになれると思ったら、次第に土地がやせて輸出品が育てられなくなり、現金収入が減る、そうすると現金で自分たちの食べるものを養えなくなる、という構造が外国の多くの人々の間で起きています。
そのプランテーションで育てられているものは日本でたくさん売られているものです。
バナナ、コーヒー、砂糖、肉、マンゴーやパパイヤ等の熱帯果物、ヤシの実洗剤、小麦粉、そしてカップラーメンやお菓子の中に使われているパーム油も関わっています。
それらを操っているのは大企業であり、大企業は利益を上げるために安価な商品を生産しています。資本主義経済の中でお金持ちと貧乏人の格差は開くばかりです。



⑥ありがたいはずの援助が貧困を生む仕組み

途上国に鉛筆を送りたい、と集めた小学校がありました。いらない服を提供したい、という友達がいました。
この善意の気持ちが途上国の人々に役に立つのが願いであり、そうであってほしいことですが、モノはあげれば彼らがハッピー・・・でもないようです。

大量の物資は途上国に着くと、以下のようなことも起こりえます。
日本から届いた毛布や文具、洋服を現金化するために、もらった人は商人に売ります。タダでもらったものだから、どんなに安く買いたたかれても儲けがあります。そのため、商人は難民などの救援物資を受けた人々から安い値段で買い取り、それを市場へ出して利益を得ます。
現地の工場や畑で生産したものを市場に出すにはその人件費など生産コストに見合った価格設定をしなくてはなりませんが、救援物資が介入すると、それらの値段のほうが安いため、農家や業者は正当な価格以下で売らざる負えない状況になります。そこで貧困が生まれるのです。
これは救援物資だけでなく、日本でリサイクルとして出された古紙が再生するコストに見合わないために海外へ流出しており、それらも安い資源として流通するため海外の経済を破壊する原因となります。
善意でタダ同然で贈ったものが相手国の市場経済を歪ませている、そんな現実もあるんだそうです。




毎日何も考えずに生活を繰り返していると、このような現実が世界で起こっていることをつい、忘れがちになってしまいます。
これらの現実が全てではありませんし、もちろん儲かってハッピーになった農民や商人も多くいることでしょう。それにこれらの問題を改善している企業もあります。

しかし、大昔から循環し安定していた環境に、開発のための新しい手を加えるということは、それで喜ぶ人の影で多くの弱者が犠牲になっている、ということも心に留めておきたいなと思います。国際協力のプロフェッショナルの身として特にそう思います。



これらの問題が解決するために、一人の力で劇的な解決はできないけれど、小さなことは何かできるかもしれない、その思いが当時の大学生の私に生活を見直すきっかけをくれました。


つづく…
1.はじめに

私は学生時代、NGO仲間との活動を通して、自然と「エコ」を考える機会を多くもちました。最近読んだ本「世界から貧しさをなくす30の方法」をきっかけに、学生時代福岡で関わっていたNGO時代の気持ちを改めて思いだし、忘れていた心に灯がつきました。エコについて再考してみたくなったのでちょっと真面目にだらだらと書いてみようと思います。

2.私のエコ生活。

私のエコ意識の始まりは小学6年生の時の社会の教科書に出てきた環境問題。一秒間にアマゾンの森が○平方キロメートル伐採されている、重油の汚染で海鳥や海洋生物が大量死している、というような話を聞いて、「私たちがなんとかしなきゃ、地球は滅びてしまう」と本気で思いました。それから、中学でオリンピックの夢をあきらめてからは環境問題を扱う分野に進みたい、と農学部を大学受験しました。

大学時代NGOの勉強会にたくさん参加するようになって、世界にはもっと様々な問題があることに気づかされました。紛争、環境、貧困、食料、その他、国内外問わず課題があふれている。

現代の進んだ生活では、普通に生活をしているだけで環境・他国に負荷をかけてしまい、生きていること自体を否定してしまいかねません。
世界を良くしたいと思う気持ちと自分の飽食・使い放題の生ぬるい日常生活との間にある矛盾が大学生の私を苦しめました。考えすぎた挙句、現実から背いてNGO活動もやめようと思った時もありました。

まずは自分にできることから、「小さな一歩でいい、できることを確実に」そうNGOの先輩に言われ思いなおし、「矛盾は埋められない、でも自分にできることはやろう」と実践してきました。


これまで生活の中で取り入れてきたエコは大なり小なりですが、以下のものがあります。(当たり前のもの、間違ったものがあるかもしれませんが悪しからず。。。)

[食事]
・食べ物を残さない。(外食でも宴会でも残さない。お皿にカスを残さない。)
・食べ物を捨てない。(残飯を捨てたり食べ物を腐らせたりしない)
・豆腐や肉の容器、びんは再利用。
・圧力なべで調理
・なるべく手作り。(ドレッシング、みそ、漬物、その他料理)
・賞味期限にこだわらず、消費できるかは自分の目と鼻と舌で。
・鍋の上に鍋を置いて余熱で調理。
・牛肉はとらない。
・魚は骨まで食べる。
・野菜は皮、へたもできる限り使う。キノコもギリギリの根っこまで使う。
・パン・肉などは一度に使いきれないので冷凍して少しずつ消費。
・できるだけ自販機を使わず、家から飲み物を持っていく。
・国産のものを買う。

[台所]
・台所洗剤は無添加石鹸。
・お茶碗は30分以上漬け置き。すぐ無理に洗わない。(水の節約)
・スパゲティやめんのゆでたお湯は熱いうちに油ものにかけて油汚れを落とす。
・お茶碗を洗う時の洗剤は一滴か二滴。
・油もの以外は洗剤を使わない。
・お茶碗は油汚れの少ないものから洗う。(洗剤が少なくて済む)
・台所の包丁、まな板、ふきんの消毒は沸騰消毒(市販の洗剤薬品を使わない)
・サランラップは油で汚れていなければすすいで干して再利用。
・生ゴミキャッチは使い古しのストッキングを使用。
・ジップロックは洗って使いまわし。

[洗濯・掃除]
・洗濯はひどい汚れがない限り、「さっと洗い」を選択して洗濯。(水と電気が少量で済む)
・掃除には重層を使用。
・使わなくなった歯ブラシは掃除用に。
・洗剤は無添加石鹸と重層。
・汚れは早いうちに落とす(固まると取れにくくなる)
・掃除機を使わずほうき使用。

[風呂]
・お風呂は腰までしかためない。
・お湯のガスは3分以上使わないなら使用中でも止める。
・洗髪後は自然乾燥。
・シャンプー・ドライヤーの使用を抑えるために髪を切る。
・シャンプーはワンプッシュ、リンスはしない。
・全部体に石鹸が回ってから全体を洗い流す。
・お風呂の残り湯でトイレを流す。
・お風呂の残り湯で洗濯。
・お風呂の残り湯で植木の水やり。
・お風呂の残り湯で朝顔を洗う。

[生活]
・できるだけ物を買わない。
・歯みがき粉は少量。
・ティッシュボックスは買わない。(風邪の時用にポケットティッシュを貯めておく。)
・ごみはできるだけ小さくして、紙類はリサイクル。
・電気をこまめに消す。(長時間使わないものは主電源を切る。コンセントを抜く。)
・シーツ・カバー・カーテン類は自分で古布を縫って作る。
・使い捨てのもの(割り箸やポリ容器)、ごみが増えるもの(パッケージがあるもの)は買わない、使わない。
・買い物袋はもらわない。
・ごみはできるだけ貯めて出す。
・歩ける距離は歩く。遠い場合は自転車で。
・車にはできるだけのらない。電車を遣う。
・ものは大事にできるだけ長く使う。(値段に関係なく、所有物には責任を持つ)
・冷暖房は使わない。(寒いときは着こむ、暑いときは水浴びか扇風機。)
・テレビは持たない。
・蛇口を全開にしない。


[オフィス]
・裏紙でメモ帳
・印刷は両面もしくは裏紙で2アップ印刷。

以上思いつくままに書いてみました。生活環境が変わって今はやっていないことも含まれています。また、生活の中で出来る範囲で心がけているので完璧に守っているわけではありません。

つらつらと書いてしまったけれど、一言でいえば
「ものを無駄にしない」もしくは「ものを大事にする」
ということを心がけている。ということです。

つづく
ここ数年、エコカー減税とかエコ住宅補助とか、エコが話題になっています。
リオデジャネイロの国連サミット、日本でも京都議定書、COP10、「チームマイナス6%」が代表するように環境に対する取り組みへの関心が高まっています。一方で本当にエコなのか、と疑問を持つ声もよく聞きます。

例えば自動車の場合、ガソリンのCO2排気量を削減しても、そもそも車を廃車にして新車を購入するためにどれだけの生産コスト[=CO2コスト]がかかっているのか、と考えると、乗り換えずに同じ車を何十年と乗りこなしたほうがエコのような気がします。

このように「エコ」の言葉が独り歩きする気がしてくる日本で、そもそも何のためにエコを推進しなくてはならないのか、自分の中のぼんやりとしたエコ像をひもといてみたくなりました。

そこで、暇なMaxiがちょっと真面目に?思っていることを綴ってみようかな~と思います。ちょっと重たい内容かもしれませんが、以下のContentsで連載していこうと思います。

Contents
1.はじめに
2.私のエコ生活
3.なぜそこまでやるのか。~世の中の本当に起こっていること~
4.「開発」が「破壊」にならないために
5.私たちの生活が世界を変える。
6.おわりに

お楽しみに。

今回のお産を経験して本当に良かったと思ったこと。

それは、助産師さん、夫、私、赤ちゃんのみんなの力を合わせられたこと。

みんなで一緒に頑張ったという達成感があって、夫もただの「立会い」ではなく、本当にチームの1人として活躍していました。


赤ちゃんと2人きりだったら出来なかった。

みんながいてくれたからこれだけすばらしいお産が出来たんだと思うと本当にしみじみ感動します。


そして夫がいる間にお産を迎えられたタイミングのよさには心から感謝。

夫がいなかったら辛い陣痛を耐え切れなかったし、二人の共同作業が出来なかった。

赤ちゃんは夫が帰ってくるのを待っていたかのようにタイミングよく出てきてくれました。



産後も、毎日玄米菜食のボリュームあるおいしい食事。

ひたすらおっぱいを与え続ける毎日。

何かあったらすぐにケアやアドバイスをくれる助産師さんたち。


幸運にも安産で、出血もほとんどありませんでした。

産後の経過もよく、2日目に「いつでも退院していいよ」といわれ、

3日目の午前中に退院しました。(アメリカ人みたい?!)




改めてお産を振り返ると、

こんなにきつく大変な仕事をこなす女性ってすごい!と思います。

体力のない方や華奢な方、高齢の方でもちゃんとお産している、これってすごいことだなと思います。


「母」は強し。頭が上がらない。

と言ったりしますが、その意味が自分で体験してよく分かったように思います。お産とは命がけで、でも普通のことで、人類の歴史をつないでいく神秘的な瞬間。これをこなす「女性」って、うん、本当にすごいと思う!

(といっても私はまだ全然「母」らしくないですがね。。。)



3.決まりました!子の名


子どもの名前は

「真柚人」(まゆと) になりました。


お腹にいた時に、実母が「まぁくん♪」と呼んだら反応したのが始まりです。 
まぁくん、で呼べる名前を・・・と夫に相談し、あとは夫に任せました。

(といいながら色々口出ししたけどね!笑)


それから、私の中では夫の名前の「ゆ」の響きが好きで、柔らかい響きの名前を希望していました。


後は、良い画数で、というわけで・・・・



真:①漢字の意味「ありのままのさま」。ありのままで生きてほしい。
  ②妻の名前の最初の音が「ま」


柚:①ゆずの花言葉どおり「健康」な子であってほしい。
  ②夫の名前の最初の音が「ゆ」
  ③両親顔合わせと結婚式を行った場所の柚子庵の「柚」を頂きました。


人:①ありのまま(真)で健康(柚)な「人」であってほしい。
  ②「人」を入れることで、 総画的にもOKで、男の子らしい名前に。


母Maxiは真柚人の「柚」がお気に入り。 柚子の季節には柚子風呂に柚子茶に柚子三昧で子どもの健康を祝おうと思います。オレンジ


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ただ無事に誕生して欲しい、それだけだったのですが、

本当に無事に産まれてくれて、感謝でいっぱいです。


子どもと夫と3人で楽しい毎日を過ごして生きたいと思います。



ありのままで

健康に

ヘラヘラに。



この命に感謝。