久々に実家に帰った。



地元の景色は何1つ変わっていなかった。



久々に母親に会った。



少し老けていた。



自分には兄がいるが、兄は大学を卒業し、家を出て行ってしまった。



自分も高校卒業と同時に家を出て行ってしまった。




母親は家で1人過ごしている。




よくたわいもないラインが来る。




寂しいのだろうな。




申し訳ないと思うが、母親は自分に気を遣われるのはもっと嫌なのだろうと過度に母親を気遣うようなことはできずにいる。




今度会ったら優しくしようと思っていたのだが、やはり厳しく当たってしまった。




いつになったらこんな自分を変えられるのだろう。





機嫌が悪いときも、変わらず接してくれるのは家族だけだと思う。




家族はそれぞれが”因縁”を持っている。



西洋的な響きを持つ”運命”という言葉よりも”因縁”という言葉の方が家族を的確に表していると思う。



家族は何があっても切れない。




友達はどこまで行っても他人であるが、家族はどこまでいっても”因縁”という形で結ばれていると思う。





日本では、子供が犯罪を犯したら親が謝っている映像をよく見かける。




北朝鮮の国営放送によく出てくる女性アナウンサーはその功績が讃えられ、一族の安寧が保証されているらしい。





運命の赤い糸などとよく言うが、家族は因縁の糸というもので結び付けられているのだろうか。




家族は大事に、と小学生時代よく言われていた気がする。





今になってその意味がわかる。







親が亡くなってから、気づく人もいる。






親が亡くなる前に気づけた自分は幸せ者なのかもしれない。





そういえばしばらく母親の目を見てありがとうといっていない気がする。




今度会ったらちゃんと目を見てお礼を言おう。





今度会うときまでこの思いを忘れませんように。





また明日👋