大皿が出る昭和の夕食ってこんなんかな
例えば、
子供分だけは毎回親が取り分けるていたたとする
時を経て子供が社会に出て会食にいくと
自分に取り分けられた食べ物がなく適量が取り分けられず
人数分で分けるとという意識が無いと好きな食べ物が乗った大皿だけ食べてヒンシュクをかう、
こう言った行動を繰り返すと周りと軋轢が生まれる
本人は自分の何が悪いのかも分からず落ち込む
家庭で学べなかった一つ一つのズレが積み重なり心の病んに繋がっていく。
子供に罪は一切ない
こう言った親の先回りした手助けは、
子どもの「自分なら出来る」と言う自信を得る機会を奪い、
「あなたにはできない」
という否定的なメッセージになると言う
子供(特に女の子)を自分の元に縛り付けておきたい親が毎日の生活で無意識に仕掛けているそうだ
子供の自分の失敗の経験は学習を深め、困難を乗り越える力を育むのだが
失敗する機会を親が子供と離れたくないがために奪う
親は失敗を防ぐのではなく、失敗させ、自力で解決策を考えさせるのが最大限、子供に出来ること
↑
のような傾向が自分の母親にはあったかもしれない。
10代途中で途中でコレヤバい?と思って飛び降りて難を逃れました。
そんな訳で自分も子供に余計な事をして来たのでしょう。
あ、父は他人に全く興味ない変人でした
まぁそれはそれで手放しでイイ! と言う訳でも無く😀
オトンもなんかせえよ(笑)
以上は、下記の投稿を読んで、いろいろ調べた結果 自分のことも思い出しました
(とある方の投稿 名文↓)
夏休みが始まり、娘と旅を続ける毎日。どうしても私はおせっかいを焼いてしまう。娘の失敗のパターンを熟知しているからだ。
サポートのつもりが、本人には自尊心を傷つけられる感覚らしい。最初は思春期の反発かと思ったが、調べてみたら娘の方が科学的に正しかった。
心理学には「頼んでいない援助(unsolicited help)」という研究領域があり
先回りの助けは受け手に
「あなたはどうせできない」
という能力への疑義として伝わる。
親というのは厄介な生き物で、
子供が転ぶ前に、素早く助け船を出したくなる。
でも断言する。
取り返しのつく失敗なら、失敗させた方がいい。
シンガポールの国立教育研究所 の「生産的失敗(Productive Failure)」。
先に解き方を教えた子どもたちより、まず自力で格闘して失敗させてから教えた子どもたちの方が、深い理解に到達した。実験で証明されている。
自信も同じだ。心理学者バンデューラによれば、自信を生むの最大の源泉は
「自分で困難を乗り越えた経験」。
親が障害物を先に除去した道をいくら歩かせても、この貯金は一円も貯まらない。
スタンフォードの研究によれば、子どもの挑戦する力を決めるのは、親の失敗への「反応」だという。失敗を恥として扱う親の子は、挑戦しなくなる。
正解は「どんまいどんまい」。ただし、一つだけ続きがある。
失敗しっぱなしで放置すると、学びは固定されない。だから、ほとぼりが冷めた頃に一言だけ。
「で、次どうする?」
教訓を親が言ってはいけない。
本人に言わせる。自分で転んで、自分で立ち上がって、自分で言語化した経験だけが、本人の資産になる。
親が先回りして奪っているのは、失敗ではない。学ぶ機会そのものだ。
以上は
田村耕太郎さんの文章です
すごい説得力だと思います
