こんにちは 真夜中のMDです😃



スカイラークさんが24時間徹夜営業を全廃するという記事。
「24時間営業」と聞いて夜中にチラリと思った事。

1年遅れてやっと大学生になれた頃でした。

やらないといけない事も無く、文字通りのフーテン(古い?)状態でした。

昼夜逆転で、中学時代の友達と夕食後に深夜営業のゲーセンへ行く毎日。



ハマっていたのはピンボールゲーム

村上春樹の本に「1973年のピンボール」と言うのがあったけど
そこに出てくる本物の筐体のピンボールではなくてビデオゲーム
(ちなみにホンモノの筐体型ピンボールには中学生の頃近所のボーリング場のゲームセンターでハマってた。これは別の機会に思い出して書いてみよう)



そのビデオゲームピンボール、懐かしくてググってみたが古過ぎるのか、探し方が悪いのか見つけることができなかった。(残念)


(写真はイメージのみ)







あれは完璧なピンボールビデオゲームだった。


半年以上、毎夜通って暗い通りのシャッターを開けて店に入って
(深夜営業は恐らく風営法違反だったのだろう)
朝3時までは居た。


おっと、話がいつのまにか脱線していた。
自分の思い出を語りたかった訳ではないのだ。

思ったのは、そんな勉強もしない運動もしない
夜中にビデオゲームして脳機能はほぼ停止した自分

努力感ゼロ
いや努力「感」ではない。 努力自体がゼロ(笑)

そんな人間が今、ちゃんと生きていけてるって事が不思議で(笑)

世の中とか人生って、なんなんだろう。

運だけなんじゃないかな。


努力や我慢って幸せに関係あるんだろうか。


「努力しないと幸せになれませんよ」

世界中のお母さん方は1日に何億回も言ってるんだけど、それって正しいんだろうか。

我慢してたら「たまたま」幸せになったのかもしれない。
我慢しなくても幸せになってたかも、と考えないのか。

我慢してた方がより幸せになる可能性がある、と言うのが世界中の人が信じている事。

それは努力する事で安心したいから。
いや、それは効果を生んでいるからいいんだな。




でも実際には、自分よりずっと努力して我慢してる人が周りにいっぱいいる。
と言うか周りの人ほぼ全員ががそうだ。


それでも自分は生かされてる。




生かされているどころか、周りの人と違ってそれほどの切迫感が無く生きている。


先生、これってどういう事?(「先生」が唐突(笑))

小学校6年の時の担任に聞きたい。


結局、人生って運だけ。


ダメな時は何をやってもダメ。
無理な頑張りは逆効果。
(快楽的な安心感の後に来る結果の出ない絶望感はいらないでしょう?)


あの人が好き、あの人は苦手だなぁ。
だったら好きな人とだけ付き合えばいい。
苦手な人を誘って飲みに行かないとは思うけど。

いや、でもね
苦手な人とでも敢えて交わろうとする人もいるのよね。あ、これは自分が身を置いているサラリーマンの世界の話。
そういう人、立派だよなぁ。
そう言うことが出来る才能があればいいけど。
自分には無理。



好きな人達とだけ時間を過ごして、そこに集まってくる人と人生を拡げていく。拡がっていく。

それが、例えば死ぬときに1番納得感がある気がするかな。

✴︎「無駄な事をしているほど人生ヒマじゃねえ」
ってどこかのギター弾きが歌ってた記憶アリ

(^_−)−☆