
今日は当地で全国共通テストの日でした。
(写真は地元塾の宣伝チラシ)
日本で言うと、大学受験に使われる
共通一次(昔)や共通テスト(最近)
日本と違うのは年に何回もあって、何回受けてもいいところ。
一番高得点取った結果を使うんですって。
そしてアメリカでの共通テストの科目は
国語と数学のみ。 あと論文
これだけ。
楽だよなぁ~
国語は国語でしょ(意味不明w)
それって勉強のしようがないから、勉強は不要という意味です。
強いて言えば、単語量が必要というのは有るけれど、日本語での漢字を覚える手間を考えれば知れてる気がします
実質 勉強するのは数学
あとは論文の練習するだけ。
論文も形だけ覚えれば後は自分のイマジネーションの才能によるところが大部分だし。
勉強の努力部分が少ないから、アメリカの共通テストの点数は結構生まれつきの才能を反映するのでは、と考え始めました。
普段から、いろんな事に興味を持って考え込むとか、 そして興味を持てば自分でそのモノゴトを調べたり、事象によっては例えばその歴史や地理を調べたりという知的興味を持って生活してきたかどうかが反映されるテストなのかも知れません。
知的興味を持つかどうかと言うのは生まれつき。
18歳時点での総合的な教養が問われるんでしょう。
そう言う意味では早熟な子には有利かも。
日本のようにガリ勉タイプが報われるものでもない気がします。
受験に関して言えば
その代わり受験時に大きな影響するいい内申点を取るため、
先生に好かれるとか、Aが取りやすい科目を取るとか、大事な小テストはハズさないなど、情報量、謀略、 戦略が大事と言う面があるみたい。
「謀略」って言うのは言い過ぎか(笑)
努力が報われないと言う事では決して無いけれど、テクニックや暗記に依拠する部分が日本やおそらく韓国、中国の大学受験より少なく、努力部分では補えない知恵が必要なのかなと思うわけです。
なんて思う事を並べました。
誤解してる事も多いので詳しい方々、色々ご指摘下さい。
でもって、 この学生(?)選択のシステムがどの様に社会に影響しているのか、日本のそれと比べてどちらが国を強くするシステムなのか、はこれまた、面白い🤣話題だと思います。