ローマ市内観光です。
てっとり早く市内全体把握のためににはなんといってもツツアーバス
テルミノ駅に市内ツアーバス各社が集まっているというのでとりあえず突撃です。
ツアーバス各社が競うように切符売り場を並べています。
各社の売り込みの兄ちゃんも必死で声をかけてきます。
うちは値段重視(笑)
恐らく一番安いであろうバス会社で申し込みました。
一人17ユーロ程度だったと記憶しています。
結果途中でエンスト起こすこともなく(笑)、全く問題なし。

各社のツアーバスがここから出発します。

車窓市内旅行、といっても窓はありません。
オープンエアー
日差しが強い南欧ですから屋根付きのツアーバスにした方が良い気がします。
途中屋根なしのツアーバスを見かけましたが、皆さん暑そうでした。

出ました コロセウム
(以下WIKIより)
歴史ウェスパシアヌス帝が即位した頃のローマは、ローマ大火(64年)やローマ内戦 (68年-70年)の甚大な被害から完全に復興しておらず、ネロ帝が行った放漫財政を正し財政の均衡目指しながら首都の再建を進めている時期であった。緊縮政策を取りながら、市民を懐柔するための娯楽施設の目玉として円形闘技場の建設が検討された。当時、ローマで剣闘士試合を行えるのは木造仮設で仮復旧していた収容人員約1万人のタウルス円形闘技場(英語版)と、専用施設ではないため仮設の観客席を設ける必要があるサエプタ・ユリアやキルクス・マクシムスしか無かった[1]。 この新円形闘技場(コロッセウム)はネロ帝の黄金宮殿(ドムス・アウレア)の庭園にあった人工池の跡地に建設されることとなった。この人工池の建設時に地表は10m近く掘り下げられて一部は岩盤に達していたため[1]、円形闘技場建設時には基礎工事をいくらか省略することができた。工事はウェスパシアヌス治世の70年に始まり、ティトゥス治世の80年[2]に、隣接するティトゥス浴場と同時に完成・落成した。使用開始に当たっては、100日間に渡り奉献式のイベントが行われ[3]、模擬海戦が行われると共に、剣闘士試合で様々な猛獣5000頭が殺され[1]、数百人の剣闘士が命を落としている。なお、続くドミティアヌス帝の治世中にも施設の拡張工事が続けられ、一般市民や女性が座る観客席の最上層部と天幕が完成した。地上から50mもの高さに天幕を張るために、ミセヌム海軍基地から派遣された海軍兵士が工事に従事したと言われる
紀元後100年前後、日本じゃまだ卑弥呼さんが現れた頃ですからねぇ



続いて映画で有名になった真実の口
一杯ならんでいますが サクサク進むのでこの状態で待ち時間30分以内でした。

並んでるだけでヒマなので自撮り棒を最大伸ばして天井から撮影して遊んでおりました。

ポーズ撮ってパチリ わずか数秒 終了。

ローマは市内中が世界遺産満載
道端になにげにたたずむこういう遺跡も古いんだろうなぁと思うわけです。

これは何だっけかな。
(思い出したら追記しておきます)

これはトレビの泉
ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスさんが命じて作らせたそうです
2000年以上前です

話はそれますがこのアウグストゥスが死んだのが紀元前14年キリストが死んだのが紀元0年?
とするとキリストさんと同時期に生きていた人なんですね。
こう考えると変な心持ちがします。
なぜかと言うと、キリストっていうと実在感がどうしても持てなかったのですが
この記事を書いていて俄然、キリストも現実にいた人間だったのかという感覚を初めて持ったんですね。
破壊された遺跡っぽいです
