難波宮 ご存知でしょうか。
 
歴史で習った記憶はありますが、記憶に残らず。。。(笑)
 
それもそのはず。
日本史2000年の中でわずか140年余りの短い間だけ都が置かれていました。
 
しかもその都も途中で平城京に戻ったりまた戻されたりとわけわからん。
訳わからない事は記憶に残らないのが自分のアタマ。(笑)
 
そんなわけで大阪の唯一の都であったにもかかわらず、
覚えの悪かった難波宮(645年-784年)
 
(都の流れ)
平城京(ときどき難波宮) → 長岡京
 
645年って大化の改新でしたっけ?
 
 
この難波に朝廷があった時代を 『難波朝時代』と呼ぶ向きもあるようです。
 
難波朝、、、いい響きです。
 
大阪に歴史上唯一朝廷がいた時代です。
 
 
 
 
今日博物館に行ってきて知識をもらいました。
 
難波宮があった場所は現在の大阪城の 南。
戦後、やっとこ保存対応となりました。
 
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というのも 
 
1950年代以前は難波宮が一体どこにあったのかも不明でした。
 
市立大学の先生がずっとこの幻の都を探し求めてやっと突き止めたそうです。
ロマンのある話だと思いましたよ。
 
 
 
下は難波宮での儀式の様子を模した展示物。
 
こりゃまるで 中国そのものの様式。
 
 
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この時期異なる文化、価値観、技術が大陸からどんどん入ってきて
結果として日本の国力を上げました。
 
 
 
多くの人が心配している今の日本も
この飛鳥の時代のようにどんどん異なる価値観を社会に組み込んだ方が
将来良い方向に進むのでは、とも思うのですがどうでしょうか。
 
 
なんせこの時代、日本は南韓国(百済)と同盟組んで
北朝鮮(高句麗)と戦ったりしていました。
 
1000年たってもやってることは現代とあまり変わりません(笑)