
1960年代の西麻布は「霞町」と呼ばれており、その霞町が青春の舞台であった高校生たちの物語。
半分は東大にすすむ進学校に通うことに隠し切れないプライドを持ちながら
ファッションは 「コンテンポラリー」と呼ばれるものでないと仲間はずれになり
車は必須で Hondaの 「N360」 や チューンナップしたGTRがおしゃれ、とされる高校生の物語。
「川向こう」(多摩川・荒川を指すそうな)からやってくる「趣味の悪いステッカーをべたべた貼った マスタングやカマロ」が馴染みのCafeに横付け付けされるとひと悶着起こる雰囲気もりもり、となるのは古今東西を問わず。
人は人を区別することが大好きでしかもやっかいなことに自分が大好きなのです。
「オレ進学校 オマエXX」
「オレ、コンテンポラリーサイドベンツのジャケット」 「オマエ xx」
「オレの車 N360」 「オマエ カマロ」
「オレの家 山の手線内」 「オマエ xx」
主人公の高校生たちはナンパした女の子には住所を聞き、家が”川向こう”であれば 「じゃあな」で終了。
ある時、ナンパして”しけ込んだ”後、住所を聞きそびれていたので「家まで送るよ」と聞いたら「川崎」だったので 「あわてて青山墓地に置きざりにした」 などなどの物語。
自分の属性に対するあくなき「ひいき」をすべて詰め込んだ高校生がまだ未熟な高校生であるがゆえに美しく見えるところを物語性を豊かに慈愛をもって描いているのだと思います。
と同時に今の時代の多くの人の心を支配している”世の中の基準”に対するアンチなのかも?
この物語、自伝的小説と言われているが彼の高校時代は杉並だし、クルマにしても何にしても読み手が判りやすいので物語としてその時代の各カテゴリーの上の部分を見せているのでしょう。
単なる青春小説として軽~く読めばよいのにあまのじゃくな自分はいろんなことを考え始めてしまいました(笑)
さてさて、この物語の主題は青春物語ではなく、実は家族の物語です。(いまさら~)
ある時代を力強く生きぬいた個々の人の物語で、その個人たちが家族として係わり合いながら美しく生きている、そんな構造になっています。
祖父は写真機の普及によって仕事が無くなった写真館店主(これが主人公の実家なわけですが。。)
この祖父を敬愛し、その写真弟子から婿入りした父
(尊敬すると同時にいつかは師匠を超えたいと思うのもヒト)
祖母は世話してもらっていたスポンサー(旦那)をから離れて祖父に嫁いだ芸の世界の人。
このばあちゃんが江戸っ子気質でしっかりしすぎ!
立派な扉のすし屋に入り、注文してすぐ出てきた寿司にバカ怒りして代だけ置いて店を出る。
寿司は客を見際て握るべきだそうな。。
寿司を食べそびれた主人公を今度は鰻やに連れて行く。
そこで子供の主人公が
「ばあちゃん、カバ焼き出てくるの遅いね」 というと
主人公の手の甲をぴちゃりと叩き、
「鰻やでそんな事を言うのはヤボなんだ」 と教えてくれる。
こんなばあちゃんも好きでしっかりしてるのではなく、そうならざるを得なかったのだろう。なぜなら同じ人間であり女性なのだから。そう思うと目が細まります。。)
こんな家族が織り成す物語です。