2年前くらい前かなぁ
確かシアトルで警官殺しがあったんです。
非番だった警察官を射殺した男、現場から逃走して数日逃げていました。
数日後、犯人射殺のニュースを目にしました。
警察も威信に賭けて捜査するだろうし、犯行自身が場当たり的で計画性の無い事件ですから、犯人逮捕は時間の問題とは思っていました。
そして自分の予想通り、「犯人射殺」がニュースの最終章でした。
たぶん発見即射殺が警察・市民の暗黙の了解だったはず。
ニュースの取り上げ方を見ても犯人射殺の状況はあまり詳しく書いていませんし
裏読みすると「警官殺した犯人は射殺されて当然」という社会の思いが報道から見えてとれました。
アメリカによる、ビンラディンの暗殺(暗殺じゃないか・・) ・殺害作戦遂行のニュースを耳にし、この事件と同じ側面を感じました。
アメリカ社会の空気を知っているだけに、この殺害作戦遂行、理解はできますが、自分にはどうも違和感アリ。
基本的人権を頂点として構築された法の支配
そしてこれをを是とすべき、自由資本主義の盟主であるはずのアメリカの
これは弱点なんだろうかそれとも強さなんだろうか。
正義はどこにあるのかと思うここ数日であります。
(自然権概念のメッカ、フランスなんかではどゆ反応なんでそ?)
(あとからつけたし)
人間社会の価値観の中で、警官殺しもビンラディンも死刑に値する罪を背負っているのがたとえ確実だとしても裁判から必要な執行までの手続き踏んだほうがアメリカにとってもそれは後世にも価値を残す(説明の付く)事とも思ったわけです が・・・・・・・・・・・・・・
一方で、万が一国際情勢の流れの中で彼が死を免れた場合の懸念も国家としてあるのも理解できます。
なんかもうわからん(笑)