Max 日曜日は 西大和日本人学校の復習の日です。

なんといっても 漢字は 大和魂(意味不明w)

漢字の成り立ちに興味があるMax。
 『買う』 『時』 『羽』・・・・・説明がなんとか出来ました。

で次に出てきたのが


『夏』



うぅ!・・・・・  『夏』という漢字の生い立ちはわからん。

世の中、知らない事だらけです。
今まで生きてきた時間はなんだったんだろう・・


夏

■解字
象形。頭上に飾りをつけた大きな面をかぶり、足をずらせて舞う人を描いたもの。仮面をつけるシャーマン(みこ)の姿であろう。大きなおおいで下の物をカバーするとの意を含む。転じて、大きいの意となり、大民族を意味し、また、草木が盛んに茂って大地をおおう季節をあらわす。
■単語家族
仮(仮面をかぶる)・下(カ)(おおいをかぶる、そのした)・庫(屋根でおおう)と同系。また、廈(カ)(大きい家)・強(カ)(大きい)とも同系。
■音
カ【漢音】, ゲ【呉音】
■訓
なつ
■意味
(1)なつ。立夏から立秋までの間の約三か月。
陰暦では、ほぼ四月・五月・六月、陽暦では、六月・七月・八月に当たる。
▽孟夏(モウカ)・仲夏・季夏の三つにわけることがある。
(2)盛んなさま。大きくかぶるさま。
《同義語》⇒強。「夏屋(大きな家)」
(3)夷(イ)に対して、漢民族が自分たちを盛んな文化を持つ大民族と自称したことば。中華の人々。「夏夷(カイ)」
(4)古代中国の王朝。禹(ウ)王にはじまり、桀(ケツ)王のとき、殷(イン)の湯(トウ)王に滅ぼされた。
(5)五胡(ゴコ)十六国の一つ。東晋(トウシン)のとき、匈奴(キョウド)の赫連勃勃(カクレンボツボツ)が、今の内蒙古(モンゴル)自治区の一部と、陝西(センセイ)・甘粛(カンシュク)両省にわたる地域にたてた。三代で北魏(ホクギ)に滅ぼされた。四〇七~四三一
(6)国名。宋(ソウ)代はじめ、タングートの李元昊(リゲンコウ)がたてた国。西夏のこと。
(7)学校で、生徒に体罰をあたえるむち。▽榎(カ)に当てた用法。「夏楚(カソ)」





夏(カ)という字はまことに奇妙な形をしている。中央の頁印は人間の大きな頭である。その下に(あしの形)があり、両側には左右の手が描いてある。上古の甲骨文字までさか上ると、この字はさらに怪しげな姿をしている。大きな眉を逆立て、体には奇妙なヨロイをつけた仮装人形のごとき姿である。それもそのはず、夏とは仮面をかぶって踊る人を描いた象形文字だからである。夏(カ)は仮(カ)ときわめて近いコトバを表す。仮の字は旧字体では「假-人」(または假)と書いた。これは長いヴェールを■(表示不能)型に垂らして、それを手でかぶることを示すため、右側に又印(手)をそえた字である。また二印は物をそろえる意味を表す。してみると「假-人」(カ)とは、ヴェールをそろえて手でかぶって仮装することを表している。つまり夏-仮は同系で、大きな仮面やヴェールをかぶって、外面を大きく美しく、誇張してみせる意味を含んでいる。

 中国では東方の背の低い人種を夷(イ)と呼んだ。また北方の遊牧人種を狄(テキ)と呼んでいやしみ、南方の野蛮人を蛮(バン)と称して無知の動物になぞらえた。それに対して黄河流域に発達した古代文化に浴する人々は、天下の中央に住んで、最も盛大に表面を飾り立てる花やかな文化人である。そこで彼ら自身をば「中夏」の民と名づけ、のち中華とも称する。またその盛大な漢人文化を創始したと伝えられる禹(ウ)の王朝を夏と名づけた。禹はもとより実在の人物ではないが、黄河の大洪水を治めて漢大文化圏を築いた祖先を追想して、夏禹という美称を与えたのである。夏はもと民族およびその文化の名称であって、盛大な花やかさをたたえた美称であるが、仮面でもって表面を飾りたてることは、反面では虚飾に堕する危険を常にはらんでいる。たしかに中国の文化の大きな欠点は、虚飾と誇張と、そして内容を伴わぬ尊大さとであろう。

 ナツは草木が繁茂して地上をおおい、見るからに盛大さの誇示される季節である。そこで夏(カ)というコトバは、一転してこの花やかな外観を呈する火の季節の名となった。漢代の大学者揚雄は、その著<方言>の中で、「およそ物の壮大なるとき、これを愛偉(ほめそや)して夏という」と当時の用語の意味を伝えている。二千年前の解説も、なかなかうまくコトバの本旨を言い当てているようである