初めての首都ワシントン旅行はわずか3日間でしたが、自分にとっては思うところが大いにありました。

(きれいです。自分の中で、今年一番出来の良い写真になりました)
ワシントンの街中で感じ始めたのが
「ロサンゼルスってアメリカじゃなかったんだ!」という事。
なぜこういう思いをめぐらせたか、というとそれは決して国家の首都らしいホワイトハウスなどの施設やペンタゴン、FBIビルなど軍事力の存在を目にしただけではありません。
このアメリカという国の成り立ちを、過去への尊敬と自信を持って発信し、この国の存在を脅かすものに対しては断固たる態度を貫く気概を感じました。
そしてこのワシントンこそがアメリカ国家のリーダーであり、そのリーダーシップを厳粛に示している街です。
ニューヨークを初め、各都市、各州はこの強いリーダーシップの下で自分達のあり方を主張し、役割を果たしている構造がアタマの中での理解の塊からとろけ出しカラダ全体に染み渡るようにで理解できたのです。
また各州の独立性がアメリカの活力を生み出していることはもちろんであり、アメリカが世界のリーダーであり続けるエンジンであることは間違いありません。 このエンジンを制御、オーガナイズする頭脳がワシントンに集まっており、国民のコントロールも含めて極めて効率よくそれを行っているように見えます。
国民のコントロールという面でアメリカが(ワシントンが)うまく機能させている具体例を外国人である自分は常に目の当たりにしています。
すなわち街中がつねに星条旗であふれていて国民にとって星条旗はマスコット的存在ですらあります。
そしてまた、大統領就任式には全国から式典を一目見ようと「見物客」が首都ワシントンにおしかけます。
それは、南部各州に遺恨を残したであろう南北戦争や、テキサス、カリフォルニアは過去に独立国家であったという事実を前提に考えた時、
現在のそれらの都市、各州は見事なまでにひとつにまとまっています。
そしてまた、大統領就任式には全国から式典を一目見ようと「見物客」が首都ワシントンにおしかけます。
それは、南部各州に遺恨を残したであろう南北戦争や、テキサス、カリフォルニアは過去に独立国家であったという事実を前提に考えた時、
現在のそれらの都市、各州は見事なまでにひとつにまとまっています。
この点日本に当てはめて考えると
車の窓に国旗を貼り付けているのは一部の「右巻き」の人に限られ、(したくても「その筋」と思われる危険を避けて市民はできないのが現実)
人々が押しかけるのは天皇陛下の年賀挨拶。
(国家シンボルが 米国→大統領、日本→天皇陛下ということでしょう。日本の総理大臣かわいそう。)
(国家シンボルが 米国→大統領、日本→天皇陛下ということでしょう。日本の総理大臣かわいそう。)
私事にてこのワシントン旅行を総括するならば 『ワシントンに数年住んでみたい』と思いました。
膨大なスミソニアンの博物館群を踏破する時間が欲しいです。
膨大なスミソニアンの博物館群を踏破する時間が欲しいです。
MaxDの息子 Maxはこのワシントン訪問を大人に成長してからも覚えているでしょうか。
自分は小学3年生以前の記憶は飛ばし飛ばししか残っておらず、自分の子供の記憶力に期待を寄せるのは親のエゴです。
さてどうなりますやら。(笑)
皆様、良いお年をお迎えください。
2008年12月31日(日本時間) MaxD
