昨日はルイの成長面を書きましたが・・・
自閉症スペクトラムのルイの過去は
そうそう簡単に成長できるたぐいのものではなかった![]()
ということで、ちょっと過去を振り返ってリストしてみませう。
一番楽で、「かしこいなぁ」「すごいなぁ」と思えたのが
0歳、1歳の時でしょう。
泣かず、常に自分で周囲を観察して自主的に実験し
身に着けると言う・・・自主学習が超絶スーパーすごかった時期。
しかし、母親を超無視。
知らん顔、話しかけても常に他の方向を向くので
後頭部に話しかけている母![]()
寝転がっている赤ちゃん時代でも
自分のこぶしを観察してて
話しかける母親は見ない![]()
それでもまあ、手がかからず
勝手にトイレで大、小をするようになったし
自分でご飯も食べるして
手間いらずだから育てやすかった。
母親の私を超無視する生活なので
「これではいかん」と保育所に預けたのが2歳過ぎ。
無言で固まり、周囲をじっと観察して
「完璧に脳内でマスター」してから、実行するという
慎重派かつ完璧主義。
幼稚園、面接で無言。
母親は無視するけど、保育園のおかげで先生の話は聞く。
完璧主義かつスモールステップ、目標は高くの幼稚園の方針に
ぴったり合ったことから、無難に3年を過ごす。
ただ、放課後遊び等は一切なし。
友だちとは「園内だけで」遊ぶてってい主義で
園が終わったら「義務は終わった」とばかりに
園関係者と外で会う事を嫌い、友達付き合いも一切せず。
あまりの人付き合いのなさに母が恐れをなし
「では外で、誰かと関われるように」と
習い事の体験を、日々繰り返す。
20カ所、30カ所とまわるうちに、日本舞踊の先生1人と
運命的な出会いをする。
ルイはここしか行かないと明言。
何十カ所の体験をしようと、すべて却下。
水泳や体操、幼児教室等も全部却下。
そのうち、「これしなさい」を一切言わないという
「何でも作ってよし」のおおらかな工作教室を見つけ
体験したところ「ここは絶対行きたい」と言うので
片道1時間以上かけて通うことに。
家庭では、3歳から5歳は、「でっきなーい!!!」
という、完璧主義と理想が実現できない幼児体に不満と怒りで
日々、絶叫し泣き叫ぶという現象が連発。
そのうち、あまりの長時間の絶叫ぶりに
私がまいってしまい、時に発達相談の相談室に電話、
面談などを繰り返す。
本人は面談で知らん顔、親だけが相談先が必要な状態。
そのうち、私が何回が突発性難聴になり
メニエール病になったり。
ある日の絶叫を心配したご近所から
通報されたようですが
ちょうど児童相談所に行き私が面談した翌日で
相談員さんとルイは1時間1対1で接していた後だったので
「ほんと、大変なようですね。」と相談所で話した内容と一致していたので
理解してもらえて事なきを得る![]()
診断後しばらくは1年に1回の診察だったけど
あるとき、私が限界に達し、主治医にヘルプを要請。
主治医との予約がめずらしく緊急扱いで1ヶ月ぐらいで診察でき
結局、ルイの「こだわり崩し」を丁寧にしないと
この困った理想主義が続く限り、本人も苦しいままということで
こだわり崩しのためのあれこれを、考えていくことに。
この頃から絵を描いたりして「ルイの自分の状態」を
つぶさに知らせて、他の方法もあるということを伝えるようにした。
教えられることが嫌いなルイは
話すとぎゃーっつ!!と絶叫するので
「教えているんじゃない」風を演じたり、演出したり
ぬいぐるみさんに演じてもらったり
支援学校でカウンセリングを受けて
学生さんとの短期の療育遊びを経験してもらったり。
絶叫の回数は減りましたが、
無くなったわけではないですね![]()
いまだに、状態の悪い時にはいーっ!!となります。
そうならないように、空き腹状態で習い事しないように
疲れがあるときに無理に外出や作業をしないように
運のツキが悪い時に、色々やろうとしないように
漢方を飲んでリラックスして前向きになれるように
調節しています。
これを失敗した時は、もともとある絶叫が展開されますが
今は私が難聴になるほど連発しているわけではないので![]()
話ができない(教えようとすると絶叫して泣き叫ぶ)昔とは違い
今は、こちらも話の入り方や説明の要領、
ルイを悪い方へ刺激しないやり方やコツを身に着けたので
それなりに、聞いてくれる、会話できるようになったので改善してます。
振り返ると、
「ルイは私とは全く違う方向を向いていて、話も聞いてくれない」
子供でしたな![]()
今さらながら、すごい扱いされていたものだ、と。
母親なんていらない、乳母、お手伝いさんレベル。
洗濯して掃除して、食事させ作ってくれれば
母親である必要は全くないという・・・![]()
じじばばの家にも、2歳、3歳でも平気で何日もいて
保育所に迎えに行くと
「ちっ
」
と、怒り、むかついた顔で母親を迎えるという
他人が教えてくれる世界が好きな
母親の手元にいることが「退屈で嫌い」な子でしたね。
今は、あのころと対照的に
カフェで楽しく、お茶してくれますが
それも、小学校に入ってからのことですしねぇ。
我ながら、よくグレなかったな、と思います。
旦那の子供じゃなかったら、裸足で逃げ出してたかも。
旦那そっくりの、かわいい顔と頑固な性格してるので
子供を放っておく=旦那を放っておく、みたいな
小さい旦那を邪険にするような感じがして
ほっとけなかったんですよね~![]()
旦那は、小さいころ、いろいろ一人で困ってたみたいだし
(自覚なかったけど)
リストって感じにはならなかったけど
ちょっと、昔のノートをぺらぺらみて感慨にふけったので
書いてみました。