何気ない日常生活の中、
私が知らないところで苦労しているパパとルイのことを
少し書こうと思います。
これは、本人たちが 「周囲から言われて」ショックを受けた、とか
周囲の人(お友達や先生)から私に伝わった、とかで
わかっている内容です。
はじめに、パパのこと。
社会生活の中で、困っていることはたくさんあります。
1対1ではない、3人以上との同時コミュニケーションが壊滅的な事。
(1対1でも、慣れた人でなければ緊張して終わるそうですが)
音が大量に耳に入ってくるので、疲れやすい、会話がしにくいなど。
その中で、仕事に支障がでる特性が
一番悩みどころなようです。
それは
「自分がやった仕事や、書いた書類の内容をさっぱり忘れる」こと。
自分が確かにやった、という仕事や書類内容が
全くわからない。
初めて見るもののように感じて困る。
ということです。
周囲はびっくりですよね。
パパがしたはずの仕事について説明を問うたら
パパが全く、その仕事について記憶がないんですから。
私はこの事例、職場で経験があります。
半年ほど、同じ事務所で働いた女性が
自分で書いた書類(しかも直筆署名入り)を
顧客から提示されて、さらに説明を問われた時
私やスタッフに「これ誰が書いたものですか」と
しょっちゅう聞いてました。
「あなたの署名があるでしょう。」と言っても
「ええ~私、こんなの書いたかなぁ」と、自分の字がそこにあっても
自分が書いた、と信じられない、それぐらいの記憶抹消状態でした。
なので、夫が同じことをしていても、全く驚きません。
ただ、本人がこの特性によって
会社でよほど用心して、「自分がやっていないこと」と
「自分がやったこと」をどう区別していけばいいか、を
常に気を配っている状態だから
なんとかやっていけていると思います。
ただし、非常に疲労するだろうと思います。
そして、
人に「お前がやったんだろう!」と指摘されると恥ずかしく、自信を無くすし
かといって、人に「これは私がしたものでしょうか」と聞くのも勇気がいります。
人数が少ない中で、役割が決まっている仕事であれば
そういう特性からくる困難は避けられるのですが
共同作業が加わると、自分の書いたもの、やったことすら
記憶から消滅していくので、不安がつきまといますよね。
特性を自覚しているから
何とか、自己防衛しようとあの手、この手で対策していますが
(とりあえず、なんでも作業した事実は自分の手帳に記録していくなど)
自分が書いた手帳の内容ですら
「俺、これやったかなぁ。わからん。」と悩んでいる姿は
辛いものです。
夫は「働かざる者、食うべからず」の農家で育ち
厳しくすりこみされて成人したので
どんなことがあっても、仕事をしていくのが「自分の証」だと言います。
育ててもらった祖父母やご両親へ誇れる、自慢できるのは
「社会で仕事をして自立している自分」だから、だと言います。
その思いだけで、色んな人からいろんなことを言われても
生きにくい社会生活の中で、容赦ない評価を受けようと
「稼げばいいから」と、気にしないように、何とかセルフコントロールしてます。
そういう姿を、長い間見てきて
また、私の知らない20代のころから
底力というか、躁鬱になっても、薬を飲んでも
必死で仕事をしてきた彼を、尊敬せずにはいられないです。
救いは、会社の上司のみなさんが
若い頃、苦しい中で出会って、彼の「個性的な性格」を知ったうえで
失敗しても、仕事の成果が出れば評価してくれる
そんな公平さのある、これまた個性的な会社に勤めていられることでしょう。
出張先で、特性からくる苦難を乗り越えていけるのは
帰れる、信じられる会社があるからだと、つくづく思います。