先日、ルイが「人のせいにしてはいけない」と言われているのを知りました。
夫が、田舎に帰省していたとき、
実家のお義母さんがルイに「人のせいにしてはだめよ」
と言っていた、と教えてくれました。
「パパのせいだよ!」と何度も繰り返し言ってた時のことだそうです。
そして、意識して祖父母との会話、夫との会話を聞いていると
確かに、人のせいにしている言動がありました。
自分のせいじゃない、という意味ではなく
「あなたのせいだ」を強調したいようです。
状況的には、きまって何かで遊んでいるときで
人のせいにする相手は、きまって祖父母やパパという
「自分が甘えても許してくれる」相手です。
私は、「ママのせいだ」とは、今まで一度も言われたことがないので
これは、結構、貴重な情報でした。
パパに感謝です。
ルイの6歳という年齢と
人を選んで言っている、という事実とを考えると・・・
人のせいにしているのは、一種の言葉でのふっかけ的な甘えかな![]()
私なら、一喝されるのがわかっているから言わないのだろうし。
ただし、相手を選んでいようがいまいが
「あなたのせいだ」という言葉の放ち方は、癖にするわけにはいきません。
私は言霊を信じているので
普段、何げなく「癖」で使っている言葉が
その人の人となりを構成していくのだ、と考えています。
人間は影響を受けやすく、染まりやすい生き物です。
自分は意識していなくても
自分が放つ言葉で、自分を染めている可能性は大です。
前向きな人、尊敬する人ほど
発する言葉には快いものがあると常々感じているので
言葉とは、言霊と同じだと思うわけです。
なので、ルイが日々使う言葉も
私が日々使う言葉も
それが家庭、人間関係、将来的には自分の人格を
形成していくのだと思って暮らしています。
ルイが、私のいない場所で
そういう言葉を放っているのであれば
その人との関係性が、「人のせいにする」という言葉の中にギュッと
凝縮されているのだろう、と感じます。
甘え
子どもとしての立場の強調(大人に責任を自覚させたい)
強調することで、してほしいと願っていること。
優位に立ちたい![]()
その場の動き、雰囲気、流れ、不満やもやもやを大人のせいときめつけて安定したい![]()
思うように動いてくれない、操れないパパや祖母へのいらだち![]()
そういう試みなのかな![]()
まあ、もうちょっとルイの表情や
その場での前後の状況を見てからじゃないと
ルイの根本的な意図するものや、
その言葉を発したい気持ちの底にあるものは、わかりません。
ただ、ルイには人との関係性をよくすることはない言葉だと
きちんと伝えておきました。
ちょうど祖父母宅に、一人でお泊りしていて
定期連絡を入れた時のルイの様子がおかしかったので
急きょ迎えに行ったのですが
そのさいに、ルイはこう言ったからです。
「ルイは、おばあちゃんがチョコレート食べなさいって言うから食べた。
そのあと癇癪が止まらなくなったのは、おばあちゃんが食べろって言ったから!」
このルイからの説明を聞いた時に
噛み砕いて、説明しました。
「ルイは、おばあちゃんが食べたらと言ったときに
『うん、食べたい、食べよう』と思ったから、食べたんだよね。
それは、ルイが自分で決めたことです。
『ルイは、癇癪が嫌いなので、食べたいけど食べない』と言うこともできた。
ルイは、自分で食べることを選んで
自分で、嫌いな癇癪に苦しんだ。
癇癪が苦しかったのは、おばあちゃんのせいじゃないです。
ルイが、自分で選んだことです。
100人には100人の意見があります。
おばあちゃんとルイの意見は、違っているんです。
誰もが自分の意見を言います。誰の意見と同じかは、自分が決めます。
常に、選ぶ自由は自分にあります。
だから、責任も、自分にあります。」
ルイは、もうこれらのことを、感覚として知ってて
それでも、私が迎えに来たという事の意味と恥ずかしさもあり
「おばあちゃんが言ったから食べたの!」と言い訳で
何気なく言ってたと思いますが
他人のせいにする言葉を連発していたので、
癖になっては困るなぁと思い・・・
確認のため、きちんと言葉でもう一度、伝えました。
チョコは食べてもいい。
癇癪を我慢するつもりで食べたはずだよね?
でも、癇癪で狂う自分が辛いからといって、
人のせいにするのなら、食べるべきではない。
責任が自分で取れていない。
6歳の子に何を、と思われるかもしれませんが・・・
私の親は、その辺、幼い頃から
こういったことは明確に教えてくれていて、私たち兄弟は理解していたのだから
たぶん、根気よく教えていくイロハの一つなんだ、と思っています。
「選択の自由と、そこに生じる自己責任」は、一生の生活で重要な命題です。
ここを、甘えたり、選択の責任を自覚できないと
家庭や仕事、人間関係で大きくつまづきます。
まず、自立がかないません。
自分の人生に、確固とした土台ができなくなります。
「おばあちゃんと仲良くいたいのなら、おばあちゃんのせいにはしないこと。
おばあちゃんのせいだ、というと、おばあちゃんは
『ルイに食べさせていいお菓子がわからないから、もうあげられない』と感じます。
次に、おばあちゃん宅に泊まる時は、
おそらく、お菓子はおばあちゃんからママへ確認が終るまで出てこないよ。
おばあちゃんは、ルイに食べさせる物を間違った、と、とても責任を感じて
後悔してます。
後悔、はわかるよね、そしてとても悲しい思いをした。
ルイが辛い思いをした責任は、自分のせいだとおばあちゃんは思っています。
それが、ルイが望んだ「おばあちゃんのせいだ」と伝えた結果です。
ルイが伝えた言葉の、大きな、全部を含んだ意味です。
もう一度言うよ、
おばあちゃんと、仲良くいたいのなら、悲しませたくないのなら、
おばあちゃんのせいだ、という言い方はしないこと。
人のせいだ、と言わないようにした方がいい。」
と、そこまで言うと、やっと、人のせいにするということが
どう、人の気持ちになって、
どう自分と関わってくるのか、が理解できるようでした。
ルイやパパの場合、説明の中に
「自分にどうかかわってくるのか」という所が明らかであると
身に染みて、その意味を理解します。
ルイは、人を悲しませることが嫌いです。
人のせいにした言葉が、そんな経過をたどって
人を悲しませるとは、もちろん想像していません。
だからこそ、言ってしまう。
言葉には、言った相手と自分を包む、大きな、でっかい意味がある。
この説明で、いかに調子に乗ったからといっても
あなたのせいだ![]()
というセリフをたやすく連発することのないように
願っています。
それができるようになったとき、ルイの人となりとなるでしょう。